2012.04.30
●甦った西本願寺「伝道院」と伊東忠太展

京都にちょっとだけいた頃、何度か前を通っていたはずの西本願寺・伝道院ですが、この10年間、修理のためシートに囲われていたそうです(そういう記憶はあんまりない・・・)。
そして、晴れて昨年春、修復完了。今は本館隣の建物はなくなってしまったようですが、本館自体は目立った改修はされず、結構原型をとどめている模様。
この展覧会では、伝道院の外部&内部写真、修復方法の紹介、図面&模型、実物資料の公開のほか、これを設計した伊東忠太のほかの現存建築作品もあわせて紹介されていました。
彼が伝道院や築地本願寺を手がけることとなったきっかけとしては、建築学研究の世界旅行(1902年・明治35〜1905年・明治38年)の際、大谷探検隊(西本願寺・法主であもあり探検家でもあった大谷光瑞が率いた探検隊)のメンバーと出会ったことによってツテができ、帰国後、設計を任されたようです。
展覧会では関西で放映された毎日放送「美の京都遺産」の伝道院の回が流されていて、それによれば大谷光瑞は日本式の佛寺建築を不便だと感じていて、機会があったら印度式の寺を造って、その不便さを解消してみたいと思っていたようです。伝道院や築地本願寺がイスラム風だったりインド風だったろするのは、伊東忠太がその意を汲んだということなのでしょうか。
●甦った西本願寺「伝道院」と伊東忠太展―新しい日本の様式建築をめざして―
会期 :2012年3月2日(金)〜 2012年4月26日(木)
会場 :Gallery A4 ( ギャラリーエークワッド)
〒136-0075 東京都江東区新砂1 丁目1-1 竹中工務店東京本店1F
開館時間:10:00 〜18:00(最終日は17:00 まで)
休館日 :土曜日・日曜日・祝日
入場料 :無料
東京はもう終わってて申し訳ありませんが、6月から大阪で見られます。大阪だと無料じゃないんだね・・・。
●大阪くらしの今昔館
会期 :2012年6月9日(土)〜7月8日(日)
会場 :大阪市立住まいのミュージアム(大阪くらしの今昔館)
入場料:企画展のみ300円 企画展+常設展 一般800円/高大生500円
(今日のおまけ)伊東忠太展の最寄り駅は東陽町でして、普段は全く行かない所(免許の更新のときに行くくらい)。
せっかくなので、少し歩いてモンシェール・ミホ 東陽町工場へ行ってきました。ここはTVでも結構取り上げられたりしてて有名なデニッシュ食パンの工場。工場と言っても、町中の事務所?くらいの大きさの所(でも24時間稼動)。
直売もしており、予約無しで買えるプレーン2斤で900円。高いでしょ。チョコ・メープル・カスタード・マロンetc....などプレーン以外は余裕をもっての予約が必要(運が良ければ予約なしでも買えるらしい)。しかも1.5斤で1000円前後とさらにお高くなりまする。
今回は残念ながらプレーンしか売ってなくて、素直にそれを買いました。
バターとマーガリンたっぷりの、ほんのり甘い、デニッシュの王道を行く味。値段とカロリーさえ気にならなきゃ、いくらでも食べたい気分です(笑)。
食べてて、『ミヤビ 品川工場売店で買ったデニッシュも似たような感じだったなー』と思ったら、どうやらこの二つ、ルーツは同じ店のようです。
ミヤビへは天王洲銀河劇場に行った時のついでに買いに行きましたが、こちらも滅多に行かない場所なので、当分縁がなさそう。が、モンシェールは実は銀座でも買えます。5時過ぎに博品館の裏にちんまい屋台が出現するのです(売り切れ次第終了)。
なんかロールプレイングゲームの隠れショップみたい・・・。
●モンシェール・ミホ 東陽町工場
住所 :東京都江東区東陽5-24-10
電話 :03-3615-5811
営業時間:24時間・年中無休
2012.04.19
●和田堀給水所 一般開放(東京都世田谷区大原)
先週、和田堀給水所の一般開放に行ってきました。あんまり花見をしている余裕はなかったのですが、どうやら今年、施設が建て替えられるらしく、見納めかと思い足を運びました。
例年はつつじの頃にも公開されているらしいのですが、工事が始まってしまったら見られる確証もありませんのでね。
給水所は京王線・代田橋駅からすぐそこ。
・・・けど、広すぎで入口が分かりません(^_^;
間違えて違う方へ行ってしまいましたが、入口は線路脇側にありました。

門をくぐるとまず目に入るのが、和田堀給水所一号給水池。昭和9年の建物ということで、コンクリートで冷ややかなモダニズムが表現されています。
猿島に行った時、防空指揮所が仮面ライダーの敵・ショッカーの基地としてロケに使われたらしいと聞きましたが、個人的にはこちらの給水施設のほうが秘密基地っぽい感じでした。
これを背景にショッカーを立たせたら絶対映えるよ!・・・と思ったものの、よく考えたら、ショッカーの外見もよく知らないんだった。。。





一号給水池前に掲示板にあった昔の写真。上からみても基地っぽい。
門から左手に進むと桜の並木が迎えてくれます。あいにく、花曇の日でいまいち美しく撮れませんでしたが、まさにピーク。満開でした。歩道をぐるりと進んでいくと、二号配水池の建物が見えてきます。長い長い階段の果てにあるのは給水所というより、神託所みたいです。大正13年のものと言いますから、二号だけど一号給水池より古いんですね(一号は立て替えられたのかな?)。


ぺディメントには東京市章(いまも引き継がれ東京都章となっている)があります。このマーク、亀を真上から見た姿に似ていることから「亀の子マーク」と呼ばれているそうですが、その気になって都内を歩いていると、意外とあちらこちらで見かけます。すぐ思い浮かぶのは日本橋の獅子が前足で支えてたりしますが、ただ歩いてても、地面のマンホールなんかに見受けられます。
たまには「下を向いて歩こう」ですわ。
(建築データ)
竣工 :1号配水池・1934年(昭和9年) 、2号配水池・1924年(大正13年)
所在地:東京都世田谷区大原2-30-43
設計 :東京市
2012.03.23
●今和次郎 採集講義展
昨年末から2月いっぱいまで、アートナビゲーターとして、とあるアートプロジェクトのお手伝いをしておりました。
今はまだ他言できないのですけど、何年か先、実際に稼動したらとても便利だろうな。。。というものなので、その暁にはここでもご紹介したいと思います。
・・・で、その流れで美術検定実行委員会事務局さんから頂いたのが、こちらの今和次郎展の招待券でした。もともと行こうと思っていたので、「や〜、タダで行けてうれしいなあ」という感じでしたが、ご紹介はまたぎりぎりになってしまいました。。。

今和次郎というと、考現学の創始者として知られていますが、人物紹介も展示の内容紹介も、ここではばっさりカット(^_^;
近頃、白金甚夢迎賓館に行ってきたばかりの身としては、やはり注目は中盤に展示されていた旧渡辺甚吉邸の椅子やカトラリーです。
椅子の背には船のデザインがあしらってありなかなか立派。
なぜ椅子の所蔵元が東京や岐阜の渡辺家ではなく、早稲田大学?という素朴な疑問はあるものの、その経緯は不明。今和次郎は早大の教授で、渡辺家からの請負についても研究室で夜に作業をしていたそうなので、それで椅子も残っていたりしたのでしょうか。
カトラリーの方は、その模型(工程:スケッチ→朴の木のモデル→石膏モデル→鉛モデル→実物)なので、渡辺家にあるよりも大学にあるほうが自然ですが。
なお、彼の手がけた渡辺邸のデザインは内装・カトラリーにとどまらず、食器類にまで及びました。
そちらはさすがに大学ではなく岐阜の渡辺家に保管されているようですが、大倉陶園に発注され、一皿一皿に渡辺甚吉のイニシャル「J・W」が刻印されました。300点近くにのぼる食器類の中には、長良川の鵜飼にちなんだ鮎のデザインのものも。
ほかの展示として、近代建築好きには、震災後、今和次郎たちが結成した「バラック装飾社」の手がけたバラックの写真展示(カフェ・キリン、東條書店ほか)などもおもしろそうです。
(関連記事) ●白金甚夢迎賓館(港区白金台)
(見学データ) ●今和次郎 採集講義展
会場 :パナソニック電工汐留ミュージアム
期間 :2012年1月14日(土)〜3月25日(日)
時間 :午前10時より午後6時まで(入館は17時半まで)
休館日:月曜日
入館料:一般:500円、大学・高校生:300円、中・小学生:200円、65歳以上:400円
(今日のおまけ)
汐留ミュージアムの最寄り駅・新橋駅の地下街「ウィング新橋」には担担麺で有名なお店「美華園 新橋店」があります。場所が分かりにくいのですが、JR汐留口の改札近くの地下街1号の入口入って割合すぐのところ。
担担麺は1100円。ミニライスは無料でつけられます。
スープはかなり白く、見ただけでもかなりクリーミー。実際クリーミー。しかし、個人的に気に入っているのはむしろ、その大量の白ゴマを使ったスープよりも、自家製の味噌で作るというミンチ。甘辛くて絶品ざます。
しかし、絶品担担麺以上に強烈に記憶に残ったのは、日曜の夕方、偶然居合わせた一人客です。
20代半ばくらいの長髪のきれいそうなおねーさん(人の顔はあまり見ないもんでよく分かりませんが・・・)。
ツカツカと躊躇なく入店し、わき目もふらず「担担麺と白ワイン」と即注文。慣れていらっしゃる。
・・・が、それってどうなの!? 担担麺と白ワインって合うの??マリアージュするの?!?!
下戸に近い私には合うのやら合わないのやら、よく分かりませんが、あのおねーさん、相当インパクトありました。
●美華園 新橋店
住所 :東京都港区新橋2丁目東口地下街1号 ウィング新橋
TEL :03-3575-1060
定休日 :無休
営業時間 :11:00〜22:00(L.O.21:30)
今はまだ他言できないのですけど、何年か先、実際に稼動したらとても便利だろうな。。。というものなので、その暁にはここでもご紹介したいと思います。
・・・で、その流れで美術検定実行委員会事務局さんから頂いたのが、こちらの今和次郎展の招待券でした。もともと行こうと思っていたので、「や〜、タダで行けてうれしいなあ」という感じでしたが、ご紹介はまたぎりぎりになってしまいました。。。

今和次郎というと、考現学の創始者として知られていますが、人物紹介も展示の内容紹介も、ここではばっさりカット(^_^;
近頃、白金甚夢迎賓館に行ってきたばかりの身としては、やはり注目は中盤に展示されていた旧渡辺甚吉邸の椅子やカトラリーです。
椅子の背には船のデザインがあしらってありなかなか立派。
なぜ椅子の所蔵元が東京や岐阜の渡辺家ではなく、早稲田大学?という素朴な疑問はあるものの、その経緯は不明。今和次郎は早大の教授で、渡辺家からの請負についても研究室で夜に作業をしていたそうなので、それで椅子も残っていたりしたのでしょうか。
カトラリーの方は、その模型(工程:スケッチ→朴の木のモデル→石膏モデル→鉛モデル→実物)なので、渡辺家にあるよりも大学にあるほうが自然ですが。
なお、彼の手がけた渡辺邸のデザインは内装・カトラリーにとどまらず、食器類にまで及びました。
そちらはさすがに大学ではなく岐阜の渡辺家に保管されているようですが、大倉陶園に発注され、一皿一皿に渡辺甚吉のイニシャル「J・W」が刻印されました。300点近くにのぼる食器類の中には、長良川の鵜飼にちなんだ鮎のデザインのものも。
ほかの展示として、近代建築好きには、震災後、今和次郎たちが結成した「バラック装飾社」の手がけたバラックの写真展示(カフェ・キリン、東條書店ほか)などもおもしろそうです。
(関連記事) ●白金甚夢迎賓館(港区白金台)
(見学データ) ●今和次郎 採集講義展
会場 :パナソニック電工汐留ミュージアム
期間 :2012年1月14日(土)〜3月25日(日)
時間 :午前10時より午後6時まで(入館は17時半まで)
休館日:月曜日
入館料:一般:500円、大学・高校生:300円、中・小学生:200円、65歳以上:400円
(今日のおまけ)汐留ミュージアムの最寄り駅・新橋駅の地下街「ウィング新橋」には担担麺で有名なお店「美華園 新橋店」があります。場所が分かりにくいのですが、JR汐留口の改札近くの地下街1号の入口入って割合すぐのところ。
担担麺は1100円。ミニライスは無料でつけられます。
スープはかなり白く、見ただけでもかなりクリーミー。実際クリーミー。しかし、個人的に気に入っているのはむしろ、その大量の白ゴマを使ったスープよりも、自家製の味噌で作るというミンチ。甘辛くて絶品ざます。
しかし、絶品担担麺以上に強烈に記憶に残ったのは、日曜の夕方、偶然居合わせた一人客です。
20代半ばくらいの長髪のきれいそうなおねーさん(人の顔はあまり見ないもんでよく分かりませんが・・・)。
ツカツカと躊躇なく入店し、わき目もふらず「担担麺と白ワイン」と即注文。慣れていらっしゃる。
・・・が、それってどうなの!? 担担麺と白ワインって合うの??マリアージュするの?!?!
下戸に近い私には合うのやら合わないのやら、よく分かりませんが、あのおねーさん、相当インパクトありました。
●美華園 新橋店
住所 :東京都港区新橋2丁目東口地下街1号 ウィング新橋
TEL :03-3575-1060
定休日 :無休
営業時間 :11:00〜22:00(L.O.21:30)
2012.03.17
●銀座・バー ルパン(Bar Lupin)
ただいま、たばこと塩の博物館では「紫煙と文士たち 林忠彦 写真展」が開催されています。・・・と言っても今週末でおしまい(^_^;
先月末くらいから急に忙しくなってしまい、結局観に行けなさそうなのですが、告知チラシをみて、「あ・・・」と5年ほど前に行ったルパンの事を思い出し、とりあえず紹介だけでも・・・と思った次第。
チラシ・ポスターに使われている写真は、おそらく太宰治の写真の中で最も有名なもの(頬に手をあてている写真も有名ですが)。
この撮影場所は銀座5丁目にあるバー「ルパン」。昭和3年創業の老舗バーですが、建物自体は1970年代に建て替えられており、近代建築ではありません。ただ、内装は改築前に取り外され、今もほぼそのまま残されています(ただし、その内装も昭和11年の改装のときのもの)。

つい「ルピン」と読んでしまいそう・・・。同じようにショパン(Chopin)も「ショピン」と読んでしまう・・・

地下なので多少の閉塞感がありますが、それがかえってよい感じです。戸棚の彫り物など、内装に歴史が感じられ、この空間自体が歳月をかけて熟成していった醇乎たるお酒のようでした。
当時の様子はルパンのHPで見ることが出来ます。→こちら

こちらは、かつて文壇バーとしても有名だったところで、写真家・林忠彦は太宰治のほか、坂口安吾・織田作之助なども撮影しています。
坂口安吾はここで好んでよくゴールデンフィズを飲んでいた・・・と、どこかで聞いたことがあったので、訪れた際はまずこれを頼んでみました。ゴールデンフィズというのは、ドライジン・レモンジュース・砂糖・卵黄・ソーダの入ったカクテルで、見た目はちょっと薄いミルクセーキみたいな? 味も甘くてお酒が弱い私でも飲みやすかったです。
坂口安吾は無頼派だった割にこんな女の子ちっくなものが好きだったのか〜フーン・・・なんて思った記憶があります。
ちなみに、個人的には女性のバーテンダーさんに薦められたボッチボールが杏仁豆腐みたい(アマレットが入っている)でおいしかったです。
昭和26年以来、名物ママの弟がバーテンダーをつとめていらしたのですが、2008年に他界されたそうです。画像は2007年のものなので後ろに映っているのはそのバーテンさん??
(店舗データ)●ルパン
住所 :東京都中央区銀座5−5−11 塚本不動産ビル地階
営業時間 :17:00〜23:30 (L.O.23:00)
定休日 :日曜日、祝日、月曜日(祝日のある週は営業)
電話 :03-3571-0750
備考 :チャージ代 840円
近代建築度:★★☆
文学度 :★★★★★
カクテル度 :★★★☆
(今日のおまけ)
![]() | 桜の森の満開の下・白痴 他十二篇 (岩波文庫) (2008/10/16) 坂口 安吾 商品詳細を見る |
むしろ、『桜の森の満開の下』の方が印象深かったような。
満開の桜の花の下を通ると誰しも気がおかしくなる・・・ということがキーポイントになっているシュールな日本むかし話です(と言い切っていいか自信はないけど・・・)。
梶井基次郎の『桜の樹の下には』という短編なども「桜の樹の下には屍体が埋まっている」という不気味な書き出しから始まっていたりします。
昼間の桜はただ美しいと思うだけなのですが、夜桜は何か妖しい・・・と思っていた自分にとっては、この両作品には妙に納得できるものがありました。
今年の冬は非常に寒く、春の訪れにはまだ時間がかかりそうです。それでもまた、いずれ花は咲き、狂おしいほどの夜桜ももうすぐ見られることでしょう。
2012.02.19
●白金甚夢迎賓館(港区白金台)

つい1年くらい前まで「白金甚夢迎賓館」という名前にさっぱり聞き覚えがなかったのは、オープンしたのが2010年5月と割と最近のことだったから。それまでスリランカ大使館邸(その前はベネズエラ)でしたが、ハウスウェディング会場となったことにより、一般人も利用できるようになりました。
今回は、とある会の同期10人でこちら&近隣建築見学会を開催しました。建築が好きな人々の集まりだっただけに質問・感想が飛び交い、お店の方も圧倒されていたかも(笑)。
施主であった渡辺甚吉は岐阜で土地経営や銀行を営む地元の名家の跡取りでした。この家は彼が新婚生活をスタートするにあたって造られたものですが、その前にヨーロッパ遊学に出かけることになっていて、それならついでにどんな家を建てるか、建物も見て回ろうと同郷の建築家・遠藤健三を同行させたようです。2人は1年をかけていろんな土地を旅する中で訪れた、イングランドのチューダー様式を気に入り、建てるならこれがいいと意見が一致したようです。
チューダー様式は16世紀イギリスのチューダー王朝期の様式で、建物に入る前、門のところでその特徴をまず見ることが出来ます。くぐり戸は上部が平たい尖頭のチューダーアーチで門まわりは鉄平石(諏訪地方・佐久地方に分布する輝石安山岩)。藤森鉄平石のHPによれば、曽禰達蔵とともに曽禰中條建築事務所を開いた中条精一郎がこの鉄平石を好んで洋館に使い始め、昭和4年頃から、個人住宅の装飾分野にも広まっていったようです(この建物の竣工は昭和9年)。
建物は柱・梁などの骨組みが外にむき出しになっているハーフティンバー。このようなチューダー様式は昭和初期の洋館として一番好まれたらしいです。昭和9年竣工ですから、鉄平石だけでなくこちらもどんピシャリ。
(食堂)

玄関を入り右手奥がレストランになっています。ここでまず驚くのが、長テーブルのあるお部屋。天井がすごいです。全然スタイルは違いますが、天井を見上げた時の衝撃は、京都の船岡温泉にも匹敵します。

漆喰の装飾は洋館では見慣れたものですが、いまだかつて、これだけインパクトのあるものを見たことがありません。こういった天井の漆喰もチューダー様式らしさの一つのようで、(写真でした見たことがないけれども、)京都の大丸ヴィラの天井もそういえば漆喰天井だったなあ・・・と思っていたら、甚吉邸を建てるにあたって設計の遠藤さんが参考に訪れた下村正太郎邸(中道軒)というのは大丸ヴィラのことでした。道理で・・・納得。
にしても、この派手な天井、一体何の図柄・・・?
お店の方に聞いた話では、花のモチーフは甚吉が椿と百合が好きだったため使われており、剣のモチーフはヨーロッパでは家を守ってくれるという意味があり、この部屋以外にも至るところで、このモチーフが使われているそうです。

披露宴だと窓際が新郎新婦の席
(旧応接間)
ウェディングハウスということで、今はチャペルのように設えてありますが、基本的には当時から変更なし。竣工記念アルバムの写真を見ると、かつては、暖炉の前には、右にコルビュジエのLC2のような椅子、中央と左には鋲打ちのソファが置いてあったようです。また、暖炉は大使館時代に、危ないので取り外したそう。そして、暖炉の上の絵は、よく見ると絵ではなくタイルで、柄は甚吉の故郷・岐阜にちなんで鵜飼が描かれています。
甚吉は十六銀行の頭取のほか、生命保険・電機・自動車など多くの企業の代表を務め、ここで多くの財界人と商談をしました。


こちらの洋館では木に名栗仕上げが施されていますが、それが一番分かりやすいのがこの応接間で、暖炉の上やちょっとした階段の親柱などに見られます。
名栗仕上げと言えば、これは熱海・起雲閣の玉渓の間でも見られるもので、チョウナで削って(正しくは斫る(はつる)と言うらしい)、わざとその跡というか風合いを残す加工のこと。チューダー様式では粗くして野性味を残すのが本領のようですが、日本の大工さんは、つい数寄屋造りにように丁寧に仕上げてしまって、大人しいものになってしまったようです。
なお、この部屋の扉の奥には使用人専用の裏階段があるそう。

(お手洗い) (2階:和室)
現在、1階は男性用。2階が女性用。画像左の扉 ここは畳のままですが、別の和室によっては、
はお風呂場なので、もとからのトイレの場所なの GHQに接収されたとき、アメリカ人が畳をフローリン
でしょう。 グにしてしまったそうです。
(吹き抜けと2階)




ステンドグラス・照明も昔のまま(この洋館の貸し出し条件として、改装しちゃいけないということもあるようです)。昨年の地震でも大丈夫だったそう。なお、こちらの内装デザインはほかにも、ラジエーターグリル、ノブ、コンセントプレート、押しボタン、食器、カトラリー・・・あらゆるものが、早稲田の教授で「考現学」で知られた今和次郎の手によるもの。設計の遠藤さんの恩師ということから依頼したそう。
(2階旧寝室)

奥がクローゼット。ここの2部屋だけロココ調。天井にある突起からすると天蓋つきのベッドだった・・・かも?
ほとんどの部屋と部屋はドアでほぼ繋がっています。
(庭)

こちらも昔のまま(白い石はあとから)。奥に藤棚。
こちらの貝塚伊吹(かいづかいぶき)は随分立派なもので庭師にほめられたそう。
(車庫)遠藤とイギリスに訪れた際、甚吉はロンドンでインヴィクタ車を購入し、このガレージにいれていたようです。
1936年(昭和11年)の多摩川のサーキットレースでは、渡辺家のお抱え運転手がインヴィクタ1928年型を運転し、見事優勝。
なお、建物の裏にはたくさんいた使用人用の男性用・女性用の家があり、今も片方は残っているそう。
見学のあと、会食会。その時にグループの中に愛知出身の方がいらっしゃり、渡辺甚吉氏について教えてくれたのですが、渡辺家では代々「渡辺甚吉」を名乗っていたようで、何をした人がどの時の甚吉さんか紛らわしいようですが、岐阜薬科大学の前身・岐阜薬専創設の際には建設費を全額寄付したほどの岐阜県一の素封家でした。寄付したのはこの洋館を建てた12代目渡辺甚吉(1856−1925年)のおじいさんにあたる10代目甚吉(1856−1925年。第十六銀行の初代頭取でもあります)。
(建築データ) 竣工 :1934年(昭和9年)
所在地:東京都港区白金台4-19-10
設計 :遠藤健三(装飾:今和次郎)
施工 :エンド建築工務所
構造 :木造2階建て
近代建築度 :★★★★★
チューダー度:★★★★★
料理 :★★★
(店舗データ)
●白金甚夢迎賓館
住所 :東京都港区白金台4-19-10
営業時間:11:00〜15:00(LO14:00)、
17:30〜22:30(LO21:30)
定休日 :不定期
TEL :03-5798-3890
備考 :完全予約制
(参考文献) JAL会報誌アゴラ2011年10月号、
![]() | 建築探偵の冒険〈東京篇〉 (ちくま文庫) (1989/12) 藤森 照信 商品詳細を見る |
(今日のおまけ)
祖父の10代目甚吉さんについてちょっと調べてみたところ、おもしろい記事を見つけました(→九重69号 - 岐阜薬科大学) 。
話を簡単に紹介すると・・・昭和7年、「岐阜には豊富な薬草があるから薬学専門学校を作って新しい産業を開拓!かいたく!!」と意気込んでいた市長がおりました。しかし、昭和大恐慌もありビンボーだった岐阜市には学校を作るだけのお金がありません。そこへ大金持ち・甚吉おじいさんが登場。
気前良く、ぽ〜んと全額建設費を寄付してくれて、「おお!これでなんとか設立できそうだ!」というところまでこぎつけたのです。
が、喜びもつかの間、同じ薬専の設立認可の申請を隣の愛知が先に出していて、肝心の国の方は「もう専門学校の増設はする気ないし、だいたいお隣の愛知におんなじもんがあるじゃない」と渋ります。
そこでがんばったのが、鳩山一郎の愛弟子で岐阜県出身の大野伴睦さん。「同じ薬専でも志が違ーう。岐阜は一個人の篤志によって立てるんじゃ。これぞ教育の精神じゃーーー」
そんな熱意で猛運動したおかげか、今の岐阜薬科大はあるようです。
そして甚吉おじいさんは、その功績で岐阜市名誉市民となりましたとさ。めでたし、めでたし。


