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エリザベスサンダースホームの見学で訪れて以来、3年ぶりに大磯へやってきました。
エリザベスサンダースホームというのは、三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の孫(久弥の長女)である沢田美喜が混血孤児たちのために作った施設です。何故、大磯かといえば、岩崎家の別邸があったから(もっとも、戦後、財閥に重くのしかかった財産税のため、すでに物納されていたので募金を集めて買い戻した)。
岩崎家に限らず、都心に比較的近く気候の良い大磯は、伊藤博文が移り住んだことも影響し、別荘建築が流行り始めた明治中期から昭和初期にかけて、政財界要人の別邸が多く建てられました。

●JR大磯駅
JR大磯駅 外観
大磯駅は明治20年に開設。初代の駅舎は大正12年の関東大震災で崩壊してしまい、翌13年に再建されたのが今の駅舎です。
外観はそう特徴なく、近代建築っぽくもないのですが、構内を見上げると趣のある照明が残されています。

JR大磯駅 構内
竣工 :大正13年
所在地:中郡大磯町東小磯1
構造 :木造1階
設計 :鉄道省

●大磯迎賓館(旧木下家別邸)
大磯迎賓館 門
この日は「大磯オープンガーデン」という、お店だけでなく個人宅のお庭も見せて頂けるという町ぐるみのイベントが開催されていて、迎賓館の玄関前ではマルシェが開かれていました。普段は駐車スペースのようです。
なお、大磯オープンガーデンは5月15日(金)~17日(日)にも開催されます。

大磯迎賓館 外観
当初この建物は旧山口勝蔵別荘とされていましたが、その後の調査で明治末期に島津邸(佐土原藩)の土地の一部を貿易商・木下建平が買い取り、別荘を建てられたことが判明したようです。もっとも、建てて7年後には親戚の山口勝蔵に譲り渡したみたいで、木下家としてはそれほど使わなかったということになりますね。

大磯迎賓館 車寄せ
こちらの建物の特色として外せないのはツーバイフォー工法として国内最古の部類ということですが、ツーバイフォーとは何なのか・・・頑丈ということ以外、いまいち頭に入ってきません(^_^;

昭和30年あたりから長らくレストラン「ドゥゼアン」として使用された後は、取り壊しの危機もあったようです。
前回大磯を訪れた時は、ちょうど閉店された後で、外から眺めるだけでした。現在はめでたく大磯町所有となり、小笠原伯爵邸で近代建築レストランの実績もある会社が借り受け「大磯迎賓館」としてイタリアンを営業中。
その際に建物の後ろに新館を設けたようで、そちらがメインダイニングになっています。
ということで、小笠原伯爵邸と違い、厳密には近代建築の中で食事をするという訳ではないみたいですね。ここでランチでも良かったのですが、あいにく予約でいっぱいで入れませんでしたけど、まあ、新館ならここで食べなくてもいいか、と諦めがつきやすかったです(笑)。

大磯迎賓館 ステンドグラス

本館の方はウェディング会場やレンタルギャラリーとして使っているようで、この日もカップルが下見に来ていました。内装はどの部屋も割とシンプルですが、2階の一部屋は大きなステンドグラスが入っています。窓から見える相模湾をデザイン化したようにも見受けられますが。

大磯迎賓館 南の窓
窓からの眺めがこの館一番の見どころだった・・・と思いますが、新館の屋根がちょっと邪魔かも(笑)。昔は芝生だったそう。

大磯迎賓館 2階廊下

外観が下見板張りだったり、内部も過度な装飾はなかったりと、割とシンプルですが、凝ったドアノブや漆喰の装飾など、ワンポイントで見せます。肩肘張らない洒落た洋館という感じで住むにもよさそう。
大磯迎賓館 2階ステンドグラスの部屋 大磯迎賓館 ドアノブ

竣工 :大正元年
所在地:中郡大磯町1007
構造 :木造3階 地下1階 大壁造り
設計 :小笹三郎(推定)

●旧池田成彬別荘
国道1号線から見える「大磯こゆるぎ緑地」という案内板を細い道へ入るとすぐに見えるのが旧池田成彬(しげあき又はせいひん)別荘。

旧池田成彬別荘 外観
もとは西園寺公望が明治32年から住んでいたのを、のちに三井銀行の大番頭(後に大蔵大臣などを歴任)・池田成彬が土地を譲り受け、昭和7年に現在の洋館を建てました。
三井銀行の人だけにそののちは三井の所有となり、三井住友銀行寮として使われた時期もあったようです。

旧池田成彬別荘 側面
今は門にはセントラル警備保障のシールが貼られ、「無断立ち入り禁止」に無粋な鉄柵。
よく見えないながらも建物自体も大きく、パーツパーツも大きくちょっと大味な感じもしなくもない外観・・・・。

旧池田成彬別荘 バルコニー
隣接の駐車場からバルコニーが見えましたが、手すりなど、なんの装飾もなく、財界人の別荘という感じがあまりしないですね。長楽館みたいに中はすごい、というパターンでしょうか。

ちなみに、池田成彬の長女の敏子は前出の岩崎久弥の次男の隆弥に嫁いだのですね。素人考えだと三井と三菱ってライバルというイメージなのでなんだか面白いです。

竣工 :昭和7年
所在地:中郡大磯町西小磯
設計 :曾禰中條建築事務所 

●旧伊藤博文邸・滄浪閣(そうろうかく)
この小道を挟んだ向かいの滄浪閣も無人で現在使われていません(こちらの防犯はアルソック)。
2007年まで大磯プリンスホテル別館として使われていましたが、付随施設や木々に囲まれてそこにあるはずの洋館は残念ながら外からは見えません。白い建物奥の屋根がそうなのでしょうか。
旧伊藤博文邸・滄浪閣前の中華レストラン

滄浪閣は伊藤博文の死後、養子博邦が大正10年に朝鮮王家の李垠(りこん)殿下に譲渡。関東大震災で倒壊後に再建。戦後、運輸相などを務めた楢橋渡氏の手を経て昭和26年に西武鉄道が買収。そういえば、赤坂プリンスホテルの旧館も李垠の邸宅でした。

現在プリンスホテルは西武鉄道、コクドなどと共に西武HDに統合されています。一時、地に堕ちたと言われた西武ですが、現在は再上場も果たし復活しています。再建の手始めになされたことがホテル・レジャー事業の赤字事業の売却でした。それは2005年からのことで、まさに滄浪閣もその一つ。復活とかいう前に何とかしていたらもっとねえ。プリンスホテルって他にもいろいろ近代建築で事業していたのでそう思わずにいられぬ・・・。

竣工 :1926(大正15)年竣工
所在地:神奈川県大磯町西小磯85
構造 :地上2階、レンガ造り瓦葺
設計 :中村與資平         

●日本基督教団 大磯教会 
大磯教会 正面
地元で有名な井上蒲鉾店の近くにある、小さくてかわいい教会です。
昔は右の1階の屋根はなく、左と対象の窓があったり、建物の色も違ったようです。
老朽化から一時は建て替えの話も出たそうですが、修復の道を選び、ちょうど訪れた日に竣工見学会が開かれていました。以下、その時の説明メモ。

大磯教会 側面
礼拝堂の後ろの集会室は建て替えを選択。

大磯教会 内部
床も腰壁もオリジナルを残せた。

大磯教会 2階和室窓

大磯教会 2階和室 あべきんぞう(?)牧師の時代に造られた(昭和
 12年)。
 あべの父は弘前教会を設計したクリスチャン
 棟梁の櫻庭駒五郎の養子。
 設計・施工は不明ながら、その父にここのデザ
 インは参考としてきいた。
 造るんならお父さん(駒五郎)の教会を見なさい
 と言われた。
 2階が和室なのはその影響(弘前教会にも2階
 が和室がある)。







大磯教会 ステンドグラス
入口のステンドグラス。濁ったような色のガラスはもう作っていない。
直すとしたら明るい色になってしまう。オリジナルを残すのに一番安かったのが、現代のガラスを両方から挟んでサンドイッチする方法。
松本ステンドグラス製作所に修復してもらった(こちらの製作所は前出の赤坂プリンスホテル旧館・旧李王邸のステンドグラス修復も1997年に行っている)。

大磯教会 窓
隣の家から近い部分の窓は防火のレベルが高い窓でないといけない。
そのため外側に鎧戸の鉄扉をつけてある。法律が変わったら取り外しも可。
黄色のガラスはもうなくて直せない。

竣工 :昭和12年
所在地:神奈川県中郡大磯町大磯1348 
参考 :今後文科省の登録文化財かつ、国交省の重要景観建造物になる予定 
  
(今日のおまけ)
冒頭に書きましたように、別荘地として有名な大磯ですが、現在では老朽化に伴い、壊され代わりにマンションになってしまうことも多いようです。
もらったガイドマップに載っているものでは、洋館では、三井守之助別邸が比較的最近取り壊されてしまった模様。いつか分からないものでは、かのジョサイア・コンドルが建てたという赤星弥之助邸(コンドル自身も吉田茂邸隣地に別荘を保有)。せめて今ある滄浪閣などはうまく再生してほしいです。

三井守之助別邸

赤星弥之助邸

(参考文献)  神奈川の近代建築 残照  朝日新聞横浜支局編
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もう先月のことですが、馬車道周辺の歴史的建造物を一般公開する「OPEN! HERITAGE in 馬車道」に行ってきました。

●旧富士銀行横浜支店(現 東京藝術大学横浜キャンパス)
旧富士銀行横浜支店 正面

旧富士銀行横浜支店 入口 旧富士銀行横浜支店 扉
旧富士銀行横浜支店 階段 旧富士銀行横浜支店 回廊
旧富士銀行横浜支店 室内 旧富士銀行横浜支店 金庫
旧富士銀行の前身は安田善次郎が興した安田銀行。財閥解体により富士銀に名前を変え、今はみずほグループになっています。みずほに再編成されるにあたってこちらと伊勢佐木町支店が統合されたのを機に、横浜市が買い取りました。一時期はコンサート会場やBank Art1929の活動拠点として一般の人も出入りできましたが、今は芸大の校舎として使われていて、中においそれとは入れない?
この日は内部公開だけでなく、午前中「歴史を生かしたまちづくりセミナー」の講演がありました(増田&堀氏の対談がおもしろかった)。中は2階に回廊のある典型的な銀行建築。安田銀行の中でも最大規模の建物だったそうですが、中の立派な柱を見ても、重要な支店だったことが分かります。

(建築データ)
竣工 :1929年(昭和4年)
所在地:横浜市中区本町4-45
設計 :安田銀行営繕課
施工 :大倉土木
構造 :鉄筋コンクリート建2階
備考 :2003年(平成15年) 横浜市認定歴史的建造物


●旧東京海上火災保険ビル(現 馬車道大津ビル)
馬車道大津ビル 全体かなりシンプルなビルですが、横浜市認定歴史的建造物としては、上記の旧富士銀行横浜支店よりも3年早い2000年に認定されています。
外観、上の方をよく見ると、アールデコのタイル模様。1階玄関のドイツ製の照明もおしゃれです。
この日は3、4階の建築事務所内も見学することが出来ました。この時に伺った話によると、このビルに建築事務所が入ったことで、他の建築事務所も集まってきて活動の発信地になっていったということでした。
窓からは旧横浜正金銀行が見え、好きな人にはこの上ない職場かと。

(建築データ)
竣工 :1936年(昭和11年)
所在地:横浜市中区南仲通4-43
施工 :大林組
構造 :鉄筋コンクリート建4階、地下1階
備考 :2000年(平成12年) 横浜市認定歴史的建造物

馬車道大津ビル 上 馬車道大津ビル 照明


●旧横浜生糸検査所附属倉庫事務所(現 北仲BRICK)
北仲BRICK 全体

北仲BRICK レンガここはかつて、輸出される製糸を一括管理するための倉庫の運営事務所でした。戦後はGHQに接収されましたが、その後再び事務所として使われ、現在は1階は横浜アーバンラボ、2階は北仲スクールが利用。
入口に2本の柱があること以外はこちらもかなりシンプルな造り。

この建物の裏で発掘された赤レンガ300個(?)をプレゼントするという企画があった時には
北仲BRICK 入口1000人以上の応募があったとか。実際に当選したらそのレンガ、どうするのかしら、飾るにはちょっと微妙だし・・・なんて感想を案内の人に漏らしたら、事務所として使われていた頃に働いていた思い出のある人もいまだ多く、そういう人々(あるいはその家族)の応募も多かったようです。そんな人々なら単に昔のレンガとしてでなく、思い出の一品として大切にされるのでしょうね(上の画像、ダンボールに入ってるのが当時のレンガ)。

(建築データ)
竣工 :1926年(大正15年)
所在地:横浜市中区北仲通5-57-2
設計 :遠藤於菟(おと)
施工 :大林組
構造 :鉄筋コンクリート建3階
備考 :2007年(平成19年) 横浜市認定歴史的建造物


●旧横浜正金銀行本店本館(現 県立博物館)
横浜正金銀行 全体

横浜正金銀行 ペディメント
今回の目玉はココ。普段見られない地下とドームの見学です。建物自体のお話はまた別の機会に譲り、早速地下からご案内。
ここは現在博物館の資料が保管されていて撮影はしませんでしたが、戦災においても火がまわらなかったため、創建当時の面影が残っています。金庫が3つあり、「竹内製造」とある金のレリーフがついています。竹内金庫店は明治期創業の草分け店でトレードマークは京都の八坂神社と同じ3本足の八咫烏(やたがらす)。ハンドルのしたには第4回内国博覧会でしんぽ?二等賞を取った事が分かる文字が刻まれています(ただ、この二等賞はそんなに格は高くないそう)。第5回内国博覧会ではもっと良い賞を取ったようで、つまり、この金庫を作ったのは第4回と第5回の間ということになり、さらに建物の創建当時からあったということも分かります。
当時は貸金庫として使われ、本格的な貸金庫としては日本で最初のものと言われています。この裏に銀行の本金庫があり、そちらはイギリス製。より重要なものは外国製だったということでしょうか。

横浜正金銀行 ドーム全体

横浜正金銀行 ドーム内
ドームのオリジナルは戦災で焼け落ち、今あるものは昭和42年、博物館となる際に復元されました。
ドームは尖端まで含めると19mほど。通りから見てもかなりでっかいですが、近くで見るとまた立派(建物自体が17mなので、どんだけでかいか!)。
ものすごい存在感ですが、創建当時からただの飾りだったようで、内部の骨組みのみの簡素な造り。飾りなので、外から見える塔屋に入るための階段なんかも、もちろんありません。



横浜正金銀行 丸窓 横浜正金銀行 ドルフィン
ドームは八角形で各辺に窓飾りと角にはドルフィンをモチーフとした想像上の生き物(ほとんど魚)ではないかと考えられています。

(建築データ)
竣工 :1904年(明治37年)
所在地:横浜市中区南仲通5-60
設計 :妻木頼黄
施工 :現場監督・遠藤於菟(おと)
構造 :石造建3階・地下1階・正面中央八角塔屋付
備考 :1969年(昭和44年) 国重要文化財


日本初期のガス灯(今日のおまけ)
馬車道通りには日本初期のガス灯(復元)があります。
脇の銅板の説明書によると、ガス灯は、明治5年(1872年)に、高島嘉右衛門の「日本ガス社中」により、馬車道・本町通り等に設置、点灯され、これが日本における最初のガス灯となりました。柱部は英国グラスゴー市から輸入し、灯具は日本職人により製造されたと言われます。
(日本郵船歴史博物館より)
今週土曜日は、氷川丸の81才の誕生日を記念して終日入場料無料となり、普段開放されていないオー
プン・デッキにて横浜少年少女合唱団の合唱を催します。
天気予報によると、土曜日は曇りですが、日中は寒さも和らぐとのこと。
是非おそろいでお出かけください。お子様には風船をプレゼントします。
 タイムスケジュール
  10:00-   氷川丸開館
  14:00-14:20 横浜少年少女合唱団(90名)による合唱(オープン・デッキにて)
  17:00    氷川丸閉館(最終入館 16:30)
※横浜少年少女合唱団による合唱は雨天時は中止いたします。あらかじめご了承ください。

氷川丸

氷川丸は1930年4月25日に竣工ということで、今年もお祝いをするようですね。
昨年は80周年という区切りのよい年で式典が行われました。今年は行かないので、昨年の模様をお伝えします。ちょうど昨日「にっぽんの客船 タイムトリップ展」を観たということで船つながりです。

当日は入場無料&先着200名には当時のレシピを再現したコンソメスープサービスがありました(今年はないです)。
普段は入れないオープンデッキで頂きました。向かいに同席したおじさんが「これ、醤油入ってない?」と言ってたけど、確かに見た目も味も濃かったかな・・・。人参とピーマンの芸術的な細切りとでっかいマッシュルーム入り。あと、ナビスコプレミアムと思われるクラッカー2枚。このクラッカーが濃い目のスープに合っていて良かったです。
氷川丸 オープンデッキ 氷川丸 コンソメスープ

客船のインテリアは1920年頃にクラッシックからアール・デコへ変わり1935年のノルマンディー号で頂点に至ります。氷川丸もアール・デコを採用していますが、これは船主である日本郵船のコンペによるものです。
コンペには勝ち抜いたフランスのマルク・シモンのほか、イギリスの会社が2社、日本からは高島屋、三越などが参加していました。クラッシックな内装を提案したイギリス勢よりも、アール・デコを提案したシモンの方が流行の時流に乗り採用されたのでしょうか。いずれにしても、氷川丸は戦前の日本の大型客船で唯一アール・デコの内装を持つ現存例となっています。

シモンが設計したのは一等サロン、一等食堂、一等食堂前のAデッキとBデッキをつなぐ主階段室、一等喫煙室、子供室、読書室。彼は来日はせず、これらはマルセイユの工房で製作され船で運ばれてきました。
人が多すぎてあまり良い写真は撮れませんでした。スミマセン。
氷川丸 階段

氷川丸 喫煙室 氷川丸 ドア 氷川丸 ステンドグラス

氷川丸 夜景(見学データ)
●日本郵船氷川丸
住所:神奈川県横浜市山下公園内
時間:10時00分~17時00分(入館は16:30まで)
休館:月曜日(祝日の場合は開館、翌平日休館)
料金:一般・200円、シニア65歳以上&中学生・100円、小学生・100円


(参考文献)
アール・デコの建築―合理性と官能性の造形 (中公新書)アール・デコの建築―合理性と官能性の造形 (中公新書)
(2005/02)
吉田 鋼市

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神奈川県庁本庁舎 正面
横浜三塔の一つでクイーンの塔(横浜税関本関庁舎)、ジャックの塔(横浜開港記念会館)と並び「キングの塔」と呼ばれています。
県庁庁舎としては昭和3年に建てられた4代目ですが、建築当時は横浜一の高さでした(塔:48.6m)。当時の写真を見ると関東大震災後のなにもない焼け野原にそびえている感じが圧巻です。
造るにあたっては設計図案を公募し、一等の小尾嘉郎(こびよしろう)・東京都技師の案が採用されました。いわゆる「帝冠様式」と呼ばれるもの建築で、「庁舎新築工事概要」にも「日本趣味を基調とした近世式」とあります。ちなみに一等の賞金は5000円(当時の知事の年俸に相当)だそうです。
帝冠様式は洋風な体躯に日本的な瓦屋根の頭がのっかているという感じで個人的にはあまり好きではないのですが(^^;、中は重厚な雰囲気が漂っておりなかなか良いですね。

玄関1玄関2玄関33階
これまでゴールデンウイーク期間などに公開されていた本庁舎ですが、今後は月1回程度の定例的な一般公開を実施する方向だそうです。

いたるところに見られる「宝相華(ほうそうげ)」というのは、仏教での極楽に咲くと伝えられる幻の花で、玄関入ってすぐの階段にも球形の照明が配置されています。
旧貴賓室 入口扉(上部)欄間
〔第三応接室(旧貴賓室)〕               入口扉(上部)欄間:扉の欄間には、旧貴賓室
竣工当初は陛下の貴賓室であり、            だったためか菱格子の間に京都御所と同じ「左
現在も当時の面影を残している。             近の桜」「右近の橘」が対で用いられている。

入口扉 飾り戸棚
入口扉:重厚なクロス貼りのドアの中央には、     飾り戸棚:飾り戸棚(2箇所)にいたるまで
菱形の銅版が貼り付けられ、そこには「宝相華」    「宝相華」がモチーフとなっている。中の置物は
の花が咲き乱れている。                   本庁舎竣工当時のもの。

〔3階・大会議場(旧議場)〕
天井は格天井。日本の洋館などでは比較的よく見られる和洋融合スタイル。このスタイルは明治時代の宮家の邸宅でよく用いられたのだそう。
旧議場旧議場 壇上から旧議場 格天井旧議場 バルコニー

〔3階・知事室〕
知事室 知事室アップ
中はあんまり近代建築度は高くないけど・・・天井の漆喰と持送りのデザインがすてき。
写真には写ってないものの秘書室から知事室に通じるケヤキの1枚板の扉。
知事室の執務室の手前にぶらさがるシャンデリアは当時のものとのことだったがどれのことかわからず。丸い照明のこと・・・?とは思えないのですが。

〔6階 展示コーナー〕
写真パネルや模型の展示があり、知事が執務する現役の都道府県庁舎のレトロ度ランキングを紹介しています。本庁舎は大阪府庁本館に次いで2番目に古い建物です。
ライト様式のテラコッタ6階からそのまま屋上へ出られます。
〔屋上〕
屋上を出て右へ進むとライト様式のテラコッタの復元物が展示されています。軒先を飾った荒い縦溝でデザインされた外装用の焼き物で、現在も一部に使われています。そこからはジャックの塔が見え、反対側へ行けば横浜港、クイーンの塔などが一望できます。今でも十分な眺望ですが、焼け野原だった当時はなお壮観だったでしょうね。

神奈川県庁本庁舎 塔部分(建築データ)
竣工:1928年(昭和3年)
所在地:神奈川県横浜市中区日本大通1
設計:小尾嘉郎、神奈川県内務部
施工: 大林組

(参考文献)
残照 神奈川の近代建築 -朝日新聞横浜支局編-
税込価格: \1,995 (本体 : \1,900)
出版 : 有隣堂      発行年月 : 1982.5

ドガ展(今日のおまけ)
少し離れていますが、はしごしてただいま横浜美術館で開催中の「ドガ展(2010年12月31日まで開催)」に行ってきました。
ドガと言えばチラシにも使われている「エトワール」が最も代表的な1枚であり、今回の目玉ともなっています。
個人的には『悪魔の花嫁(←ちょっとコワイ漫画。子供のころはすごい怖かった・・・)』に出てくるエトワールをモチーフにした話が強烈で(と言いつつディテールは覚えとらんです)、実物を見ても、絵そのものを鑑賞するよりもまず先に、影に隠れているパトロンが漫画に出てくる男の子に見えてしまい・・・って、全然違う感慨に浸ってしまいました。
気を取り直し、平常心で鑑賞しようとしましたが、妖艶とも幽玄ともとれる、当時独特のライトのあて方のまぶしさが、別の意味でも心ざわめかせて凪ぎませんでした。
イギリス館 全体
イギリス館はかつての英国総領事公邸で、イギリス人技師が上海で設計したコロニアルスタイルの建物です。
戦後、客船が減って渡航申請受理などの領事業務が減り、領事館は昭和47年に閉鎖されています。
そのような事情からこちらの領事公邸もそれ以前から、もう使われていなかったそうです。
そんな中、横浜市は昭和44年当時2億4,688万8,000円で買い取りました。当初は壊して公園にするつもりが、あまりに頑丈過ぎて壊すのを断念したという、建物ファンには幸いなお話が。何しろ壁の厚みが40cmと言いますから、そりゃあもう、残さなくっちゃ。
イギリス館 ホール イギリス館 窓 イギリス館 手すり

イギリス館 クリスマスただいま山手の洋館では各国のクリスマスをテーマに館を装飾しており、イギリス館はもちろんイギリスをテーマにデコレーションされていました。
(建築データ)
竣工 :1937年(昭和12年)
所在地:神奈川県横浜市中区山手町115-3 港の見える丘公園内
設計 :大英工部総署
構造 :鉄筋コンクリート2階建て、地下1階、瓦葺

横浜市イギリス館 扉(見学データ)
住所  :神奈川県横浜市中区山手町115-3 港の見える丘公園内
TEL  :045-623-7812
開館時間:9:30-17:00(7-8月は18時まで)
休館  :第4水曜日(祝日の場合は翌日)、12月29日~1月3日
料金  :無料

(参考文献)
かながわの近代建築 (1983年) (かもめ文庫―かながわ・ふるさとシリーズ〈16〉)

(今日のおまけ)
ウチキパン 外観 ウチキパン イギリスパン
坂を下って元町のウチキパンでいろいろ買い込みました(今日買った中ではコロッケパンが一番おいしかったです)。
ウチキパンと言えば日本における食パンの元祖として有名です。厳密に言うとちょっと違うのですが、それは長くなるので(^^;、ウチキパンのHP内にある「パンの歴史について」をご覧下さい。ここで言う食パンというのはイギリス風山型食パンのことで、こちらではイングランド(\330)という名前で売っています。焼きあがり時間の目安は12:00~12:30。
パンを入れる袋のデザインも素敵。おそらくミュシャのタッチを模したのでしょう。