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「旧モーガン邸を守る会」主催のツアーに参加。

ジェイ・ハーバート・モーガン(ジェイ・ヒル・モーガンではないことが「ジェイ・H.モーガン―アメリカと日本を生きた建築家」に記されています)は丸ビルや日本郵船ビルなどの建設のため1920年(大正9年)にフラー建築会社の設計技師長として来日したアメリカ人です。当初は2年ほどしたら帰国の予定だったようですが、公私における良きパートナーを得て、そのまま日本で建築事務所を構えました。

ツアーでは彼のいた事務所や設計した邸宅など、ゆかりの地を見学してきました。

●旧露亜銀行横浜支店 1921年(大正10年)頃竣工
住所:横浜市中区山下町51-2
露亜銀行
この建物は、モーガンが設計した訳ではなく、事務所を借りていました(1階:貸事務所、2階:銀行の営業室、3階:支配人室)。
震災直後の写真を見ると、瓦礫の山の中、倒壊もせずどっしりと原型を保っている露亜銀行は立派な感じですが、実際は特別耐震が立派だったということでもなく、いかにも銀行建築的な四角い建物だったことと、地下に金庫があったりして地盤が良かったために倒れなかったようです。

●ニューヨーク・ナショナル・シティバンク(跡)
住所:横浜市中区山下町74-1
大和地所ビル シティバンク横浜支店の扉
かつてのシティバンク横浜支店(昭和4年竣工、昭和59年頃解体)。
今は大和地所のビルになっており、辛うじて正面玄関だけが保存されています。淋しい。。。
ビルの下を歩いている時は気付きませんでしたが、向かい側から見てビックリ! このビル、全身金ピカなんですね・・・。写真の反射でビル名がちゃんと写ってなかったので「大 地所ビル 金ぴか」で検索してみたら・・・・判明しました。大和地所ビル。
インパクトはあるけれども、なんか成金趣味っぽいよ~、と思ってたら・・・賃貸サイトのキャッチコピーは「高級感あふれる素適なオフィス物件!」だそうで。
そうか、あれは高級感だったのか・・・。

●ユニオンビルディング(跡)
住所:横浜市中区山下町75
ユニオンビルディング その1 ユニオンビルディング その2
ユニオンビルディング その3かつてのユニオンビルディング(昭和3年7月モーガンの設計、2001年解体)。
モーガンは事務所を露亜銀行からこちらのビル2階へ移動。
近年では大沢工業のビルとして使われていましたが、大沢工業が2001年に倒産してしまうと、早くもその年内に解体されてしまいました。今は高層マンションとなり、1階部分にユニオンビルの雰囲気が残されています。
大沢工業ビル時代の写真は「ようこそ!旧モーガン邸へ」の「J.H.モーガンとその作品」で見ることができますが、だいぶ改築されたらしく、「ジェイ・H・モーガン - アメリカと日本を生きた建築家」に載っているユニオンビルディング設計図と見比べて見ると同一建物には思えないくらいです。
逆に今のマンションのほうが設計図の名残が見受けられます。

●アメリカ領事館(跡)
住所:横浜市中区山下町6-1
ホテルモントレ横浜かつてアメリカ領事館(昭和7年竣工、鉄筋コンクリート造地上2階・地下1階)があった場所。
現在は「ホテルモントレ横浜」が建っています。
モーガンはアメリカ領事館の設計をホワイトハウスと瓜二つにしました。造りだけでなく、装飾といった細部までソックリにしていることから、単なるパクリではなく、領事館という、日本の中のアメリカの象徴として意図的にそうしたのでしょうか。

ちなみに「ホテルモントレ横浜(2006年開業)」の前は「ザ・ヨコハマ・ノボテル(2003年開業)」、その前は「ザ・ホテル・ヨコハマ(1979年開業)」でした。

●ホテルニューグランド 
住所:横浜市中区山下町10
ホテルニューグランド正面ホテルニューグランドは銀座の和光などを設計した渡辺仁の設計により昭和2年に竣工。
その後、昭和4年から9年にかけてモーガンが屋上や宴会場の増築、車寄せやグリルルームの改築を手掛けました。現在では屋上のスペイン瓦や三連のアーチの塔屋にその足跡を見ることができ、重厚なホテルにスパニッシュスタイルの軽快さを添えています。
なお、渡辺仁とモーガンは大正11年竣工した立憲政友会本部の共同設計者でもありました。

ホテルニューグランド 中庭から ニューグランド わずかに見える三連アーチと瓦

●山手111番館(ラフィン邸) 1926年(大正15年)竣工
住所:横浜市中区山手町111
山手111番館1999年(平成11年)に改修工事が行われ、その際、担当していた建築家がもしかしたらモーガンの自邸が現存しているかもしれない、と調査したところ、藤沢市大鋸(だいぎり)で発見されました。これをきっかけに本ツアー主催の「旧モーガン邸を守る会」が発足したそうです。
なお、山手111番館は平成23年1月1日から3月31日まで再び改修工事の為、休館となります。



●山手外国人墓地
住所:横浜市中区山手町96
モーガンのお墓 その1 モーガンのお墓 その2
昭和12年に亡くなったモーガン。ツアー当日の6月6日はちょうど命日でした。
お墓を見てみると・・・「DEC 10 1873 JUNE 6 1937」と刻印されています。これを見るとモーガンは1873年生まれということになりますが・・・実はモーガン、1868年生まれなのです。当時のパスポートは自己申告だったらしく、日本へ来日した時、実際は51歳でしたが、年齢詐称して(^^;、46歳ということにしたのですね。
きっと人生たそがれ始めの50代より、働き盛りの40代半ばの方が仕事的にも気分的にも未知の異国で働きやすかったのでしょうね。。。。

●横浜山手聖公会(クライストチャーチ) 1931年(昭和6年)竣工
住所:横浜市中区山手町235
横浜山手聖公会モーガンが手掛けたのは三代目クライストチャーチです。
初代は山手町105番地にあり、その後現在の地に移転。二代目は明治34年にジョサイア・コンドルが設計しましたが、関東大震災で倒壊しました。






●ベーリックホール(ベリック邸) 1930年(昭和5年)竣工
住所:横浜市中区山手町72
アーチ型の開口部サンルームの壁泉
クワトレ・フォイルスペイン瓦にクリーム色の壁
訪れたのが日曜日でちょうど結婚式がありました。ベーリックホールはモーガン建築の中では特に華やかで新しい門出の舞台にピッタリです。
建物は典型的なスパニッシュスタイルで、スペイン瓦にクリーム色の壁、クワトレ・フォイル(四葉と方形の組み合わせの窓)、アーチ型の開口部、サンルームの壁泉と本格的。
この2日前には夜、コンサートがあり、偶然中に入れてもらえることができたのですが、ライトアップされたホールもまた素敵です。その時の様子については後日アップしたいと思います。

一通りの見学が終わった後、参加者の方々とお隣のエリスマン邸でお茶をしました。
いつもは勝手気ままな近代建築見学ですが、今回は解説つきでモーガン建築という別の視点からいろいろ見ることできて良かったです。
楽しいひと時をどうもありがとうございました。

参考文献など:ようこそ!旧モーガン邸へ ホームページ、ツアー中のガイド、
ジェイ・H.モーガン―アメリカと日本を生きた建築家ジェイ・H.モーガン―アメリカと日本を生きた建築家
(2009/06)
水沼 淑子

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