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万平ホテル 正面
日々の生活に追われるうちに、また時間があいてしまいましたが・・・万平ホテルその2です。

万平ホテルのもとをたどると「亀屋」という旅籠の存在があります。
江戸時代は中山道の宿場として繁栄した軽井沢ですが、明治になると宿駅制が廃止され、さらには碓氷新道ができて衰退していきました。
当然、旅籠の経営も苦しく、それだけでは食べていけずに主人の佐藤萬平は長野県庁に勤めに出ている状態でした。
転機が訪れたのは明治19年。英語教師のディクソンが東京の暑さを逃れ、ひと夏亀屋を借りたことによります。萬平は県庁をやめてディクソンのコックとして働いたことで、西洋文化に触れ、旅籠を西洋的なホテル化へと踏み切ったようです。
軽井沢が外国人の避暑地として発展する一端を担ったとも言える転換ですが、その後、娘婿の国三郎は外国人が発音しやすいようにと、亀屋(→亀屋ホテル)から万平ホテルの名に変えたそうです。
万平ホテル 入口
ホテル入口

万平ホテル ロビー
ホテル ロビー

建物はドイツのシャレー(山小屋)的であるとともに、地元佐久地方の養蚕農家をイメージしたものとか信州的な本棟造り(緩やかな切り妻や少し張り出した3階部分など)言われています。
どちらにしても、華美な装飾はなく、前回紹介したメインダイニングと廊下のステンドグラスを除けば、ロビーなども割りと質素な感じ。

万平ホテル 廊下
メインダイニングルームのある廊下には、中山道の今昔を描いた宇野澤夫のステンドグラス。

万平ホテル 中庭
ホテル中庭

万平ホテル 新館客室私たちが泊まったのは52平米の別館でした。今思えば近代建築のアルプス館とかに泊まったほうが良かったのですが、母の日のプレゼントで義母と3人で行ったので広い別館で良かったかも。
エキストラベッド入れても余りある広さでした。
今度泊まる機会があれば、ウスイ館もいいかも。『日本の駅舎とクラシックホテル』という本によると、ウスイ館は明治35年に建てられ、2001年に創建当時の再現を配慮した改装がされているようです。

万平ホテル 初代
明治35年、現在の地に場所を移して新たに建てられた万平ホテル。設計は軽井沢一の棟梁といわれた小林代造。

万平ホテル 本館写真
ホテル本館(左)と浅間館。浅間館の正面に「亀」の彫刻。万平ホテルの前身が旅籠「亀屋」だったことを伝えるもの。

万平ホテル アルプス館
昭和11年竣工した当初のアルプス館。設計は日光金谷ホテルと同じ久米権九郎。
当時のお金で建設費20万円、いまの金額にすると5億円超をかけた大工事でした。
完成した頃のホテル代はツイン10円~(現在だと25000円ほど)、
特別室は30円(現在だと80000円ほど)
戦後は英軍の将校専用の休養向け施設として昭和21年まで接収。

万平ホテル 史料室
印象に残ったのは本館1階にある史料室の充実ぶりでしょうか。
これだけスペースと多くが展示されているホテルはあまりないと思います。

万平ホテル 絵画即売あと、あまり関係ないけど、ホテル入口近くの小部屋で美術史に残るような画家の絵画が即売されていました。高級ホテルだと売れやすいのかな? 私も死ぬまでに1枚欲しいと思っている川合玉堂の名前もあったので、あわよくば買い!・・・と思って中を覗いてみましたけど・・・1500万円だった(涙)。
値札の半額って書いてあったけどそれでも750万円でしょ。・・・って言うか、その値段のつけ方、かえって胡散臭くない?

(アルプス館・建築データ)
竣工 :1936年(昭和11年)
所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢925
設計 :久米権九郎
施工 :不明
構造 :木造3階建て

(今日のおまけ)
美徳のよろめき (新潮文庫)美徳のよろめき (新潮文庫)
(1960/11/08)
三島 由紀夫

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万平ホテル 三島由紀夫前回、万平ホテルが出てくる小説として『恋』を紹介しましたが、三島由紀夫の『美徳のよろめき』もまた、万平ホテルを舞台にして書かれたものだと言われています。
史料室には三島由紀夫の宿泊名簿の記載も展示されていて(本名でサインしないんだなーと思った)、泊まったから小説にも出てくるんだなと思いましたが・・・読んだの大学を出てすぐの頃だったんで、そんなシーンがあったことは全く覚えてない(^_^; ・・・記憶が遠すぎるよ。
覚えてるのは三島由紀夫の文章のうまさと主人公と相手の青年が裸で食事をしたことだけか(笑)。
そもそも、『美徳のよろめき』っていうタイトルからしてアヤしいけど(当時、よろめき族という言葉が流行したそうな)、素っ裸で食べるとゆーのもアヤし過ぎる! 一般庶民がすると、「ん?裸でごはん?貧乏なの??」となるところが、ブルジョアがすると途端にアヤしさ爆発!!耽美的。
この小説がドラマ化された際には、当ホテルでも撮影が行われたそうですが、あの食事シーンはどうなったかしらねえ。

(参考文献)
信州の西洋館信州の西洋館
(1995/11)
藤森 照信

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