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現在、三井記念美術館では日本橋架橋100年を記念し、橋にまつわる特別展を開催しています。
これにあわせて土曜講座 「妻木頼黄と日本橋の意匠」 講師:金山弘昌氏(慶応義塾大学文学部 准教授)があったので聴講してきました。

日本橋の歴史と妻木と日本橋の関わりが細かく分かっておもしろかったです。帰りに改めて日本橋を見学しに行きました。普段よく通る分、当たり前の風景になってしまった橋も、講義の直後だと新鮮です。

日本橋 全体
聞いたばかりのお話を思い出しながらシャッターを切りました。
今の橋がかかる前は木造(最後の木造の日本橋)で、明治5年、銀座の大火で焼け落ちたため翌年架けられたものでした。火事の多かった江戸期には20回ちかく架け替えが行われた日本橋ですが、その橋は木造にしては長く、35年ながらえましたが、江戸期と違い、橋の上を路面電車が通るなど、橋にかかる負担は相当なもので、この間、幾たびも架け替え案は出ていたようです。

日露戦争勃発で架橋が無期延期になったりしたものの、明治39年ようやく開架決定。明治40年、勧業博覧会で模造日本橋出陳(この時の橋はまだ明治35年案によるもの)。明治41年、新日本橋起工。

日本橋 高速道路と獅子
日本橋と言えば、現・神奈川県立歴史博物館や赤レンガ倉庫を造った妻木頼黄によるものとしても有名ですが、当時官庁営繕の頂点にあった妻木が関わるようになった経緯としては、東京市土木局技師長・日下部弁二郎と親しかったことから、相談役を引き受けたようです。しかしその後、市の営繕課長だった三橋四郎が市を去ったため、単なる相談役としてではなく、装飾上に関する全般を見ることになったのでした。
妻木は積極的に計画に関わったようで、実情としては、装飾だけでなく橋全体のプロポーションや基面仕上げ、橋梁様式や石わりなどに関与していたそうです。

日本橋 麒麟 日本橋 獅子
当初、徳川家康と太田道灌(15世紀の中ごろ、江戸氏の館跡に築城)の像を置く案もあったようですが、人物像を置くことの難しさを知っていた妻木はこれを廃止し、長らく建築装飾として馴染んだ動植物をモチーフを採用しました。というのも、妻木は横浜開港50周年記念の1909年に横浜掃部山に建立された井伊直弼像の台座を設計しているのですが、この井伊直弼像、除幕式のその夜には銅像の首が切り落とされてしまったているのです(暗殺されるような人ですから当然、反発する人もまだいたのでしょう)。

麒麟が像に選ばれたのは「麒麟あらわるれば聖人来る」という故事にあるような嘉瑞(かずい=めでたいしるし、吉兆の意)の獣であり、東京市の繁栄を祝福するのにふさわしいという理由のようです。ちなみに、想像上の生き物ながらも、これだけ翼が大きい麒麟はあまりないそうです。

獅子が選ばれた理由はよく分かりませんでしたが(他のイベントで歴史家の先生が狛犬より立派だから、とか言ってましたが・・・)、意味合いとしては、東京市の守護とその威厳を表彰しているものだそうです。
獅子が東京市の徽章をもっているのは、これはヨーロッパには盾をもったライオン(マルゾッコ)を日本風にアレンジしたものです。わざわざドナテッロのマルゾッコの写真を取り寄せて3体ほど試作したのだとか。

日本橋 松と榎植物のモチーフとしては、松と榎(えのき)が見られます。日本橋には「東京市道路元標」が設置されていますから、里程元標票の寓意として、かつて道しるべの一里塚に目印として植えられていた榎と街道の松が採用されました。 

妻木はこのように、像のポーズ、意味内容まですべて統括していたそうです。


日本橋 輪っか






獅子の咥えている鉄輪に注目! 実はかつて日本橋イルミネーション計画がありました。
この輪っかに紐を通してレインボーブリッジみたいにたらし、さらには東京市の徽章の形も取り入れ、祝祭日と式典の日には明かりを点けちゃおうというものだったみたい。
今からでも技術的には可能ですが、節電が叫ばれる今、別な事情でムリですわ。。。



日本橋 焼夷弾跡昨年の11月~12月にかけてドイツの大手清掃機器メーカー「ケルヒャー」が架橋100周年にあわせ社会貢献活動として洗浄を行ってくれ、すっかりきれいになりました。
しかし、1945年の東京大空襲の焼夷(しょうい)弾跡は歴史の記憶として、修復せずにそのまま残っています。決してケルヒャーが洗浄し忘れたとか手を抜いたとかではないですよ(笑)。



日本橋 外側
(関連記事) ●日本橋架橋100周年   

(建築データ)
竣工     :1911年(明治44年)
架橋竣工技師:米元晋一主任技師
技師長    :日下部弁二郎
工事監督  :樺島正義
橋上装飾  :妻木頼黄


(今日のおまけ)
今回の特別展では、川端玉章の京都名所十二月「一月 懸想文」が一番好きでした。これに限らず霞がかったような水墨画が好みです(河合玉堂とか)。

建築好きとしては、8/7までの展示でしたが、堀潔の「日本橋と旧帝国製麻kk」が良かったですね。
水平の日本橋に垂直の帝国製麻という構図が、この絵の中でも生きています。見るたびに、なんで帝国製麻壊しちゃったんだろう・・・と思うほど良い風景だったのに。
今残ってたら、絶対日本橋の美観を高めてたはずです。

土曜講座
土曜講座はあと1回予定されています。

■第3回 2011年8月20日(土) 14:00~15:30  受講料:2000円
「日本美術にみる『橋』ものがたり」 講師:清水実(三井記念美術館 学芸部長)
2回目の講座も割りと直前でも参加できたので、3回目もまだ空きがあるかもしれません。

●日本美術にみる「橋」ものがたり
(HPより引用)
橋ものがたり明治44年(1911)に現在の日本橋が架けられてから平成23年(2011)でちょうど100 年になります。この日本橋架橋100年を記念し、当館では主に夏の季節に企画してまいりました美術の遊びとこころシリーズの一つとして、特別展 『日本美術にみる「橋」ものがたり―天橋立から日本橋まで―』 を開催いたします。
当館では平成18年(2006)に開館記念特別展Ⅱとして『日本橋絵巻』を開催し、「日本橋」に焦点を合わせた展覧会を開催いたしました。今回の展覧会では、美術品に描かれデザインされた橋に視点を広げ、古来、日本人が橋に対して抱いてきた思いや、橋がもつ文化的な意味について考えます。総出品数は、約120点、会期中作品の展示替えがあります。

場所 :三井記念美術館
会期 :2011年7月9日(土)~9月4日(日)
時間 :10:00~17:00(入館は16:30 まで)
当日券:一般 1,200円、大高生 700円、中学生以下 無料
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