洋上のインテリアII 表現在、横浜の日本郵船歴史博物館では「洋上のインテリアII」展を開催中。
客船インテリアの設計には村野藤吾(1891~1984)や吉田五十八(1894~1974)、丹下健三(1913~2005)など、建築界の大御所が携わりました。
記憶に新しいところでは「にっぽんの客船 タイムトリップ展」で紹介されていた中村順平(1887~1977)、松田軍平(1894~1981)といった名ももちろんありました。
彼らの描いたカラースキーム(配色とか色彩計画と訳されるもの。パッと見、船舶室内を描いた内装画といった感じ)が美しくそれを見るだけでも満足でしたが、意外とおもしろかったのが、豪華客船の歴史のパネル。変遷が分かりやすく紹介されています。

いい加減にメモしたので、ちょっと間違ってるかもしれないですけど、だいたい、こんな感じ↓

1.船まるごと外国依存期 1880-1900
2.主要船内インテリアの外国依存期 ~1930?
3.外国依存からの脱却 ―「現代日本様式」の確立 1937~
  太平洋戦争 ―豪華客船時代の終焉 1941~45
4.戦後 ―引き継がれる「現代日本様式」 1950~
5.現在 ―形を変えた「現代日本様式」
※現代日本様式:日本豪華客船のためだけの、日本の伝統美をとりいれた、華美で装飾的なインテリアスタイル。

洋上のインテリアII 裏そこに見てとれるのは、これが豪華船独自の歴史ではなく、文明開化以来の国力の底上げによる経済発展や戦争といった社会情勢とは無縁ではなかったということ。

発展期の日本人の気骨が感じられるのは1929年(昭和4年)の「浅間丸国辱船論争」でしょうか。
浅間丸というのは船内インテリアの外国依存期・最高峰の外国製の船なのですが、当時の工芸雑誌「帝国工業」に岸田日出刀(造形意匠の権威・東大教授)や武田五一(関西建築界の父・京大教授)が、浅間丸の客船インテリをイギリスの装飾業者が手がけたのは日本の恥であるといった内容の寄稿したことで論争が起こり、それが日本様式への転換のきっかけになったようです。
なお、浅間丸のプライベートな部屋などは高島屋装飾部など日本の船内装飾業者が手がけました。
船と百貨店という取り合わせは、なんだかちょっと意外でしたが、日本橋三越が店内の装飾にアールデコをいち早く取り入れたりした事などを考えると、当時の百貨店というのは装飾分野をリードする業種であったのでしょうか。

(関連記事) ●にっぽんの客船タイムトリップ展

(展示データ) ●日本郵船歴史博物館 企画展「洋上のインテリアII」
日本郵船歴史博物館(HPより引用)
豪華客船の船内装飾の歴史を、現在に残る貴重なデザイン画や図面、家具、写真などを通して紹介する企画展。 建築史ではほぼ語られることのない、客船インテリア史における建築家の活躍に注目し、昭和初期の日本を代表する多くの建築家たちが関わった客船インテリアを紹介しています。絢爛たる「現代日本様式」に彩られた往時の船旅に思いを馳せてみてください。

所在地:神奈川県横浜市中区海岸通3-9 横浜郵船ビル
期間 :2011年8月6日(土)~11月27日(日)
時間 :10:00~17:00(入館は16:30まで)
入場料:一般・400円、シニア&中学生&高校生 250円、小学生・無料
休館日:月曜日
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