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某会の大阪見学会に参加してきました(そのついでに家族で京都旅行)。
世話人の方のご尽力により、行く先々で貴重なお話を聞くことができ、充実した近代建築巡りとなりました。資料集めや見学の手配、下見など、本当に大変だったことと思います。
この場を借りて厚く御礼申し上げます。

●淀屋橋
淀屋橋その1 淀屋橋その2
見学会はここからスタート。橋の名前は豪商淀屋に由来します。木材を商うことから始めた淀屋ですが、米商人となって中之島を開発し、蔵屋敷が立ち並びました。淀屋は米市開催のため、公儀に頼らず自費で橋を渡しましたのが始まり。
現在の橋は御堂筋拡大に伴い、昭和10年に架けられたものです。
デザインは一般公募により大谷龍雄の案が一等入選しました。和も洋も感じさせ、端正で洗練されているというのが一等獲得の勝因のようです(実施設計は武田五一・元良勲など)。

(建築データ)
竣工 :1935年(昭和10年)
形式 :RCアーチ
橋長 :53.5m
幅員 :36.5m
備考 :重要文化財

●中之島図書館 
中之島図書館その1

中之島図書館は住友家15代当主・住友吉左衛門(養子で実兄は西園寺公望)からの寄贈により1904年(明治37年)に開館しました。その額、建設費に20余万円・図書購入基金5万円=現在の価値で40億円近くと、驚きの巨額です。しかも、1922年に住友家は増築の際にも寄付しています。

中之島図書館その3
末広がりの階段は見る角度によってとても複雑な奥行きを醸し出す。

設計は今回の近代建築巡りでこの後訪れた大阪倶楽部の初代建物も手がけた野口孫市。彼は住友銀行各支店も多く設計しました。ちなみに工事顧問は辰野金吾。
外観はルネサンス様式、内部はバロック様式。

中之島図書館その2この模型を見ると後の増築部分もよく分かります。増築部分がないと中央の柱の部分が大きすぎてアンバランス・・・

中之島図書館その42階の柱には渦巻きのようなものも見えるのでコンポジット様式か?


中之島図書館その5去年の秋ごろ読んだニュースで、橋下市長が「別のものに利活用すればいい」と発言し、今後の活用法で揺れていることを知りました。
古い建物ですから書庫の空調管理環境が芳しくなく、図書の保存場所として最適とは言いがたいという問題はあるものの、図書館の移転に反対の声も多いようです。

(建築データ)
竣工 :1904年(明治37年)
所在地:大阪市北区中之島1-2-10
設計 :住友本店臨時建築部
構造 :石造煉瓦造3階建
備考 :重要文化財



●日本銀行大阪支店 
日本銀行大阪支店 
今回は通りの向い側から見ただけでした。日本銀行と言えば辰野金吾ですが、こちらの支店が辰野の関西進出のきっかけとなったようです。
一時、辰野の代表作・東京駅と同じように建て替えて高層化が計画されましたが、保存を望む声により、1982年、外観はできるだけ保存・復元を前提に改修されました。

(建築データ)
竣工 :1903年(明治36年)、改修・1982年(昭和57年)
所在地:大阪市北区中之島2-1-45 
設計 :辰野金吾、葛西万司、長野宇平治
構造 :石造煉瓦造2階建

●三井住友銀行大阪本店営業部(旧住友ビルディング)
三井住友銀行大阪本店営業部
1900年、住友銀行の本店ビルを作るため臨時建設部が作られましたが、実物が完成したのは実にその30年後。
ヨーロッパの教会などでは100年以上かかって完成することもざらですが、企業建築では30年でも稀ではないでしょうか。見ればそれも納得できるほど、とにかく巨大なビルです。当初は5階建てではなく7階建ての予定だった(関東大震災の影響で計画変更)というから、そのままだったらさらに・・・
外面がクリーム色の竜山石に覆われ、かなり遠目でも「何か茶色い塊がある」と目がとまります。

(建築データ)
竣工 :1期・1926年(大正15年)、2期・1930年(昭和5年)
所在地:大阪市中央区北浜4-6-5
設計 :住友工作部
構造 :鉄筋コンクリート造5階建

●大阪倶楽部
大阪倶楽部 正面
大阪で一番最初にできた倶楽部です(大阪の代表的な倶楽部建築はここと綿業会館・中央電気倶楽部)。
本格的な英国風社交倶楽部として大正元年に建てられた初代の木造建築(野口孫市・設計)はわずか10年ちょっとで火災で焼けてしまい、2代目が今も使われている安井武雄設計のもの。
南洋風に東洋風を加味したと言われる独特の意匠が際立っています。

大阪倶楽部 トーテムポール

特にインパクトがあるのは、正面にある独立柱。トーテムポールがあるのは小学校の校庭くらいと思ってましたが、ここにもあったのですよ。大谷石を使っているため、彫刻が風化してる感じがちょっと残念です。

こちらは今でも会員制の倶楽部ですが、初期会員には加賀正太郎もいました。加賀氏というと近代建築的には現在アサヒビール大山崎山荘美術館になっている山荘の施主と言うのが、個人的には一番ピンときます。彼はランの栽培で有名ですが、元来多趣味で研究熱心だったせいか、画家に1枚1枚植物を描かせていたそうで、それらを当初こちらで100枚以上保管していたそうですが、今は3,4枚だけ飾ってあるのみ。残りは大山崎山荘美術館にあるそうです。美術館に行けば、そのうちの1枚は必ず飾ってあるとのことなので、今度行ったら探してみようと思います。
他にも、小磯良平の絵もさりげなく飾られていたりして、さすがに歴史のある倶楽部はそれなりのものを持っているんだなあと納得です。

大阪倶楽部 馬留め建物の外側には、囲むように塊が等間隔で設置されており、昔からずっと疑問だったんですが、この日やっと謎が解けました。その昔は馬が交通手段だったので、建物の周りに馬をつないでおくためのものだそう。
ウィーンなんかだと観光客相手にいまだに馬車が結構走っていますが、馬糞が転がっていて結構臭いです。
当時の大阪倶楽部も、臭かったかも・・・?

会員制のため、普段内部が見られない建築ですが、演奏会などは一般の人も参加できるので、その際は入口入ってすぐの壁泉などは見られます。床は市松模様の大理石で、波打つような模様は貝の化石だそう。なんでも、徳島の大理石で国会議事堂で使われたのと同じらしいです。

大阪倶楽部 バルコニー



外からはあまり分かりませんが、西のバルコニー(内側は階段の踊り場)のステンドグラスは風圧で内側にへこんでしまったそうです。

(建築データ)
竣工 :1924年(大正13年)
所在地:大阪市中央区今橋4-4-1
設計 :片岡建築事務所(安井武雄)
構造 :鉄筋コンクリート造4階建・地下1階
備考 :登録有形文化財




●ダル・ポンピエーレ(旧消防署今橋出張所)
ダル・ポンピエーレ大阪倶楽部の目と鼻の先にある建物ですが、ここもちらりと見るだけで終わりました。
今はイタリアン「ダル・ポンピエーレ」として営業中。
こちらの建物については、以前、記事にまとめたので、こちらをご覧下さい。消防署だったころの写真も見せてもらいました。

(建築データ)
竣工 :1925年(大正14年)
所在地:大阪市中央区今橋4-5-19
設計 :不詳
構造 :鉄筋コンクリート造、地上3階(一部中2階)
備考 :国登録有形文化財


(今日のおまけ)
午前中の見学を終え、ランチは「うどんすき」を考案したことで知られる美々卯の本店へ。
数寄屋風の落ち着いた雰囲気の建物で、美々卯弁当を頂きました。お刺身も天ぷらもついて1980円。
写真撮るの忘れたーという声がちらほらあったので全部載せておきます(⌒・⌒)
美々卯本店美々卯弁当その1美々卯弁当その2

御霊神社の鳥居食後、近所の珍百景を見に行きました。
なんと、車庫のまん前に鳥居が!何故ここに!?
それは昔ここは近くの御霊神社の敷地だったから。
なんか駐車が大変そうです。。。

(参考文献)
大阪人 2009年1月号
大大阪モダン建築大大阪モダン建築
(2007/10/20)
不明

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建築MAP大阪/神戸建築MAP大阪/神戸
(1999/06/20)
ギャラリー間

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