母の日のプレゼントにバスツアーに参加してきました。
日帰り旅行定番の山のホテルのツツジ見学&強羅花壇で昼食を取るというものです。

旧閑院宮別邸 外観
強羅花壇は箱根の高級旅館で、敷地内にある「懐石料理・花壇」は旧閑院宮別邸を利用したもの。

閑院宮家は江戸時代、皇統の断絶を危惧した新井白石の建言により創設された宮家です。これ以降、伏見宮、有栖川宮、桂宮、閑院宮の4つが世襲親王家となりましたが、閑院宮は7代閑院宮春仁王(のち皇籍離脱し、閑院純仁と改名)に実子も養子もいなかったため、1988年、家系が途絶えてしまいました。
こちらの別邸は6代閑院宮載仁(ことひと)親王の時に建てられたものです。
旧閑院宮別邸 1階広間

旧閑院宮別邸 1階広間 持ち送り 旧閑院宮別邸 階段持ち送り
1階広間の持ち送り(左)と階段の持ち送り(右)

昭和3年、避暑のため強羅の岩崎康弥(三菱初代社長・岩崎弥太郎の三男)別荘に滞在した載仁親王はこの地が大変気に入り、岩崎氏から敷地を半分譲り受けて同5年(1930)別邸が完成しました。
旧閑院宮別邸 1階フロア

設計が陸軍技師の柳井平八なのは、その当時、載仁親王が陸軍元帥であったことからのようです。
そのせいなのか、アールデコ調のせいか、内装はすっきりとシンプルな感じ。
旧閑院宮別邸 2階寝室?

アコーディオンの蛇腹のようなデザインがいたるところで見られます。アクセントを与えているのは階段踊り場やドア上部のステンドグラス。万平ホテルのステンドグラスのような線の太い図柄です。
旧閑院宮別邸 1階ステンドグラス 旧閑院宮別邸 洗面台

外観はハーフティンバー。この場合、中もちょうな削りの野生的な内装が多いのに端正な直線でまとめられているというのはあまり例がないかも。
旧閑院宮別邸 階段

旧閑院宮別邸 2階廊下旧閑院宮別邸 1階トイレ
旧閑院宮別邸 小部屋旧閑院宮別邸 外

昼食は1階の広間で花乃膳を頂きました。上品な味の和食です。添乗員さんが量が少なめでちょっと物足りないかもしれませんが・・・なんて言ってましたが、自分にはちょうどいい量でした。
コースターが菊が2つ重なった柄。宮家の別邸だったからでしょうか。瓦も菊のデザインでした。
花乃膳 重箱花乃膳 刺身花乃膳 ご飯花乃膳 デザート

部屋には載仁親王と思われる肖像画が飾ってあります。
ものすごいハンサムだったらしいんですが・・・あんまり実感できませんでした(笑)。
旧閑院宮別邸 1階広間反対側

旧閑院宮別邸 強羅花壇からの眺め(建築データ)
竣工 :1930年(昭和5年)
所在地:神奈川県足柄下郡箱根町強羅1300
設計 :柳井平八
施工 :松村組
構造 :木造3階建て

(営業データ)
懐石料理花壇 
営業時間:11:00~15:30(L.O.14:00)、17:30~21:00(L.O.19:00)
定休日  :なし
電話   :0460-82-3333

(今日のおまけ)
食後、つつじを見に山のホテルへ。こちらは三菱4代目社長・岩崎小弥太の別荘地跡です。
一時期はコンドル設計の洋館もありましたが、関東大震災で崩壊。その後、木造で再現されたものの、戦後、国際観光株式会社に譲渡されホテルとして開業したわずか1年後に暖炉からの失火で焼けてしまいました。

山のホテルと富士岩崎小弥太の別荘(コンドル)

現在、当初の名残があるのは、つつじフェアで多くの人を集めるようになった庭園のみです。
岩崎別邸当時からあった日時計は文字盤と針を復元して復活。
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