敬老の日に成田でお祝いした帰りに寄りました。
昭和44年までこのあたりは宮内庁下総御料牧場でしたが、成田空港建設に伴い牧場は栃木へ移転。
牧場の記憶をとどめるため、こちらの三里塚御料牧場記念館が建てられました。

御料牧場記念館 正面

外観は大正8年に建てられた事務所を再現したものになっており、中には御料牧場の概要や歴史の紹介のほか、皇室の馬車などが展示されています。
牧場には天皇だけでなく、皇族もよく来場されたそうです。展示の馬車は普通車で、内側はビロードですが、天皇の馬車になると中は西陣織りなんだそう。
御料牧場記念館 馬車
御料牧場記念館 入口

記念館の近くには貴賓館もあります。こちらは、もともとは明治8年に創設された下総牧羊場の官舎として十倉村両国に建てられたものでしたが、この牧羊場と香取にあった種畜場が合併して三里塚に移ってきた時に一緒に移築されました。その際に、園遊会の会場や皇族用の宿舎として使えるように大改装したようです。
貴賓館 正面
貴賓館 裏

中にはギリシア風の洋間(ホール)があり、そこを見てみたかったのですが、残念ながら内部公開はされておらず、裏にまわってみてみると・・・なんと!表から見ると日本家屋なのに(屋根の上に茅葺があるのがなんか珍しいですが・・・)、ホールの部分だけ壁が洋風になってます。なんか、かなりヘンてこりん。
貴賓館 裏・持ち送り貴賓館 ホール

窓から写真を撮っていると、事務員さんに「防空壕ご覧になりますか?」と声をかけられ見にいくこととなりました。

防空壕は中国大陸での情勢が怪しくなるなか、昭和13年、貴賓館の裏手に1ヶ月の突貫工事で作られました(工事の最終日には牧場でおなじみだったジンギスカンを食べて労われたそう)。
地下へ降りていくとひんやりして、まだ暑さも残る9月としては快適。さすがに皇族用に作られただけあって、通路も部屋もコンクリート壁(しかもその厚みは1m)。そして名称は「防空壕」ではなく「御文庫(おぶんこ)」と呼ばれていたというのも、さすがさすが違うわ~。
防空壕 部屋 防空壕 通路

(今日のおまけ)
こちらの牧場にはかなり皇族の方々がいらしたようで、記念館だけみていると華やかな印象を受けますが、個人的に三里塚と言えば真っ先に思い浮かべるのが「三里塚闘争」。
空港を作るということは誰かが土地を追われるということで、だからこそ国や県所有の牧場地があてられたのでしょうが、それは予定地の4割にしか満たさず、残り6割は民間地。説明不足や代替地の準備もないという、ずさんさ。ま~、この政府のなめきった態度には当然ながら怒るでしょう。そうでなくても地元民にとっては大問題ですから、闘争になったのも当然な気が。。。
今やますますの国際化で重要な交通網となっている空便ですが、発展と恩恵の裏には影あり、です。

●成田市三里塚御料牧場記念館 
住所   :千葉県成田市三里塚御料1-34
開館時間:9:00~16:00
休館日  :月曜日(祝日または振り替え休日の場合は翌日休館日)
      年末年始(12月28日~1月4日)
入館料  :無料
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