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二楽荘チラシ表 二楽荘チラシ裏

龍谷大学 龍谷ミュージアムで特別展「二楽荘と大谷探検隊」を見てきました。
2階で大谷探検隊、3階で二楽荘周辺のことが展示されており、3階を主に見学。

二楽荘は西本願寺22世法主・大谷光瑞が六甲山に明治42年に建設した別邸です。
もともとの別邸は京都にありましたが、天皇の別荘を建てるため宮内庁により買い上げられることになってその代わりとして建てられたのがこの二楽荘です。
総工費40万円(だったっけな?)土地代15万、建築費17万円。

二楽荘 全体
実際の設計には携わっていませんが、伊東忠太が助言を行っており、完成した本館を「本邦無二の珍建物」と評したそうです。外観をインドのタージ・マハルなどを模したことでそう評したのでしょうか(個人的にはそれほど「珍建物」に見えないんだけど・・・)。

建物は木造2階建て(半地下もあり)。当時その「珍建物」ぶりが話題になったのか、大阪毎日新聞が1912年に建物紹介を連載しています。

二楽荘 アラビア室
アラビア室:白と黒の市松模様の床、中央には噴水。柱・壁・天井、全て光瑞が自分で選んだ。
支那室:30坪。壁も天井もすべて中国風。壁には大谷光瑞が中国を訪れた際に収集した石碑の拓本などがかけられている。
英国封建時代室:アラビア室の隣り。壁を格子状の細い木枠が覆ってる。
英国近代室:16坪。真四角な小部屋で壁は薄いグリーン。日常の食堂として使用された。
回廊式書庫:書棚は25,6。日常利用する光瑞の書籍が置かれていた。

山の上ということでケーブルカーが作られたり、テニスコート、中学校(武庫中学)などもありました。
別荘に中学校というのがちょっと意外ですが、貧しい寺などの優秀な学生を集めて授業をしていたようです。

その他にもいろいろな試みが行われていて、例えば、農作や酪農もしており、乳製品を一般に売ったり、ここでできたマスクメロンは高い評価を受けたり。印刷部もあり、学校新聞のほか、書籍の出版もしていたり。そしてもちろん、大谷探検隊(中央アジアへの学術探検隊)の持ち帰った発掘品の研究をしたり。

発掘品を展示し一般公開したこともあったようで、ふたを開ければ、山の麓まで列ができるほどの盛況ぶり。2日目は数倍増え、2万3000人の見学者だったとか。あまりのことに午後1時には受付を終了してしまったと当時の新聞は伝えています。

ちょっとした理想郷のような二楽荘でしたが、光瑞が法主を引退した後はバックアップもなしに維持していくことは出来なかったようで、その処遇がなかなか決まりませんでした。結局は久原房之助(鉱山王と言われた実業家・政治家)が信者として建物管理したようです。
しかし残念ながら昭和7年、火事によって焼失してしまいました。
原因ははっきりせず、当時の新聞によると「ルンペンによって焚火?」なんていう見出しもありましたが、それは塀が高かったりして考えにくい・・・とか、現場に二つ折れ帽が残っていた謎・・・・などミステリー小説みたいなヒントだけを残してウヤムヤに。
ちなみに発掘品などは既に移動していたので、その辺の実害はなかったようです。
いずれにしても、六甲の名所と言われた建物が焼失してしまったのは本当に残念なことでした。

今回の展示では二楽荘を取り上げた新聞記事がファイルになっていて、おおーよくこれだけ集めたなあ・・・と感心しました。丹念な情報収集で研究が進んでいくんですね。

関連記事・・・ ●甦った西本願寺「伝道院」と伊東忠太展

(展示データ)
龍谷大学 龍谷ミュージアム 特別展 二楽荘と大谷探検隊
-シルクロード研究の原点と隊員たちの思い-


場所  :龍谷大学 龍谷ミュージアム 
     〒600-8399京都市下京区西中筋通正面下る丸屋町117(西本願寺前)
会期  :2014年10月4日(土)~11月30日(日)
時間  :10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日 :月曜日(祝日の場合は翌日)展示替等の休館有
入館料 :一般1000円 高校生・大学生700円 小・中学生300円 
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