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千葉市主催の戦跡めぐりウオーキングに参加してきました。
市内には多くの軍事施設が集積していたことから、戦跡が今でも点在しているそうです。

●生涯学習センター 千葉空襲写真パネル展 
千葉空襲写真パネル展1 千葉空襲写真パネル展2
千葉市への空襲は数回ありましたが、米軍が行った昭和20年6月10日と7月7日の空襲で千葉の市街地の約7割が焼失したそうです。
現在の市街地を歩いていると近代建築がほとんどないのはそのためなのでしょうか。
パネル展では戦前の建物の写真も何点かありました。

●千葉公園 鉄道第一聯隊作業場跡
千葉公園・戦跡マップ
千葉公園とその周辺は、明治41年に設置された鉄道連隊の演習場跡で、公園内にはその名残がいくつか残っています。

荒木山 (荒木山)

 現在、荒木山と呼ばれる小高い丘は、連隊のラッ
 パ手の訓練が行われたため、ラッパ山と呼ばれて
 いましたが、満州事変があったときに、敵が特攻
 車(?)という車 両を線路上から突っ込んで
 くるのを阻止すべく脱線させた際に命を落とした
 荒木中尉(死後大尉)を悼むため鉄道第一聯隊が
 銅像を建立してからは今の名前になったそうで
 す。
 なお、銅像が戦時中に供出され、現存しません。







(陸軍鉄道連隊・架橋演習用橋脚)
陸軍鉄道連隊・架橋演習用橋脚
大陸に行って橋を架けることによって戦線を広げるため、ここで橋を作る練習をしたそうです。
分かりにくいですが、画像の赤松の奥にも橋脚が見えます。

(陸軍鉄道連隊・ウィンチ台)
陸軍鉄道連隊・ウィンチ台


●中央・稲毛公園緑地事務所 陸軍鉄道連隊・演習用トンネル 
陸軍鉄道連隊・演習用トンネル

陸軍鉄道連隊・演習用トンネル足元公園を出て、千葉都市モノレールの千葉公園駅
すぐ近くの緑地事務所内には、演習用のトンネ
ル(昭和6年)が残されてれています。
トンネル上部にはレールとハンマーをモチーフ
にした連隊章が見えます。
 
ちなみに新京成電車は昔の鉄道連隊の線路跡を
そのまま使っているそうです。他にも、津田沼
駅前にある千葉工業大学の正門門柱は鉄道第二
連隊のものをそのまま使ったレンガ造りのものだったり、椿森にある千葉医療センター入り口にもレンガ造りの門柱がレンガ造りだったり。


●千葉県計量検定所
千葉県計量検定所
出自がいまいちハッキリしない建物ですが、もし当時のものだとすると、気球連隊の将校集会所だということです。横目板張りで窓のガラスも表面がゆがんでいるところからして、相当古いものであることには間違いありません。

●川光倉庫 旧気球聯隊第二格納庫
川光倉庫
大正2年、所沢で新設された「気球隊」が、昭和2年、千葉市作草部に移転し、昭和11年に「気球連隊」と改称されました。

旧気球聯隊第二格納庫・写真
見せてもらった当時の写真では、格納庫に現在の庇はなく、大きな扉があったようです。

川光倉庫・内部
中は兵舎を兼ねていて、簡易ベッドをのせるための突起や三角形の窓(今は塞がれている)など当時の名残がありました。

なお、ここでは風船爆弾を製造していたそうです。名前だけ知っていた存在で勝手に可愛らしい赤や黄色の風船を思い浮かべてしまいましたが、実際は布製のもので直径は10mもある大きなものでした。
これを偏西風にのせてアメリカ本土を攻撃するのが狙いだったようです。正直なところ、子供だましの作戦にしか思えませんでしたが、実際に命を落とした民間人もいたそうです。

川光倉庫・塀 当時の塀も残っています。ここが農地と軍用地
 の境界。軍が移ってきたことによって農作物が
 売れ、住民は潤ったそうです。それは表面的に
 は良かったことかもしれませんが、不特定多数
 の 民間人に危害を与える風船爆弾といい、根
 底に戦争の愚かしさを感じます。





●作草部1丁目6あたり
陸軍歩兵学校の塀
川光倉庫から作草部公園に向かう途中で茂みの中にレンガ塀がありました。
陸軍歩兵学校のもののようです。


●作草部公園 陸軍歩兵学校跡
作草部公園 陸軍歩兵学校跡
旧陸軍歩兵学校は大正元年に歩兵の戦闘法の研究とその普及を目的として現在の千葉市天台付近に設立されました。翌大正2年に、大正天皇が自ら訓練風景を見に来たことから天覧台という地名が付き、それが今の地名、天台へと繋がっています。

●千葉経済学園 旧鉄道第一聯隊材料廠(千葉市稲毛区轟町3-59-6)
旧鉄道第一聯隊材料廠1 旧鉄道第一聯隊材料廠2

旧鉄道第一聯隊材料廠5このレンガ建築は、明治41年に陸軍鉄道連隊材
料廠の鉄道機材の修理工場として建てられ、
鉄道工兵の教育も行われました。そのため、
建物の外にはレールも残されています。







旧鉄道第一聯隊材料廠3
旧鉄道第一聯隊材料廠4
千葉市の明治40年代のレンガ建築としては、ほかにあるのは千葉刑務所くらいかもしれません。
それだけでも貴重な存在ですが、建物の内部はコルドバのメスキータを思い起こさせるような10連のアーチ構造が伸びています。
残念なのは、両サイドにプレハブがつけられ、レンガ建築としての外観が損なわれていることと、学園内にあるため、このような機会でないと一般人は見られないこと、そして東日本大震災の影響で立ち入り禁止になってしまったことです。

少子化で教育機関はどこも厳しいく、千葉市の財政も厳しいく、補修して一般公開というのはかなり難しいかもしれませんが、もっと日の目を見てほしい建物の一つです。
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