●楽善会訓盲院の跡地 築地4-5-2
市場橋公園内にはジョサイア・コンドルが設計した訓盲院の記念碑があります。

訓盲院の跡地
東京盲唖学校発祥の地 日本点字制定の地
1979(明治12)年 ジョサイア・コンドル設計により完成      
1880(明治13)年 楽善会訓盲院として開校          
1887(明治20)年 官立に移管 東京盲唖学校と改称    
1890(明治23)年 日本点字制定                
2010(平成22)年 11月1日建之

コンドルがお雇い外国人として来日したのが明治10年。訓盲院の完成は明治12年。
工部大学校の南門・門衛室を別として、これが家屋としては日本で初めて建てたもののようです。
なお、築地明石町・現在の聖路加国際病院の敷地には、コンドル設計した立教女学院と内部装飾を手がけたトリニティ教会(立教女学院隣接)もありました(関東大震災により崩壊)。

●築地本願寺  築地3-15-1
築地本願寺
端の塔は仏舎利をイメージしたストゥーパ

ちょうど先月、BS日テレの「ぶらぶら美術・博物館」で案内していました。その時のお話によると・・・
西本願寺というと京都にあるけれども、約400年前に江戸に別院を日本橋横山町に立てたそうです。それが明暦の大火で焼けてしまいました。その後、幕府から与えられた土地はなんと海の上→埋め立てて本堂を再建(築地の土地名の由来は土を築いたから)。
そして関東大震災でまた消失してしまい、再度建てたのが今の築地本願寺。
古代インド様式にした理由→「西洋の真似だけではだめだ! アジアの建物を作らなくては!!」
お寺の建築で鉄筋コンクリートが使われた草分け。

設計したのは伊東忠太。中国→ヨーロッパへとシルクロードを建築学研究していた伊東忠太と大谷探検隊を率いた西本願寺第22代宗主大谷光瑞の出会いが築地本願寺を設計するきっかけとなりました。
アジャンター石窟寺院をモチーフにしたと言われています。

築地本願寺 カルラ前 築地本願寺 カルラ後
迦楼羅(カルラ)インドの仏法を守る聖獣。狛犬はこれがもとになっているようです。

築地本願寺 拝殿ステンドグラス
向拝(ごはい。本殿や拝殿に向かうエントランスのようなもの)入口のステンドグラス

築地本願寺 拝殿 床
向拝 左の階段

築地本願寺 鳥築地本願寺 牛
築地本願寺 猿築地本願寺 馬
築地本願寺 獅子築地本願寺 象
向拝の両脇の階段には、鳥、牛、猿、獅子、馬、象がいます。
That's 忠太ワールドとでもいいましょうか。
なお、鳥は鳩とか孔雀とか鳳凰とかいろいろ言われていています。一応、本堂でもらったプリントには孔雀とありました(でも、一般庶民には太った鶏に見えます)。そういえば、牛も猿も馬もそれが何牛なのかとかあまり気にしませんが、鳥は気になります。。。

これらの動物は三畜評樹という仏教説話に基づいていると言われて、鳥、猿、象のうちで鳥が一番小さい、弱いものだけれども、一番高いところから物事を見る。物事を見極めるには全体を見渡すことが大事ということを表しているとのことです。三畜と言いつつほかの動物もいろいろいるのは何故なのかはよく分かりません。

築地本願寺 大本堂
大本堂の4本の柱にはそれぞれ中国の四聖獣「青龍」「玄武」「白虎」「朱雀」もおります。

築地本願寺 象二頭 築地本願寺 グロテスク
このほかにも動物がいて、大本堂入って右にその場所を記した大きな地図とプリントが用意されているのでこれを頼りに探してみるとよいかもしれません。
1階奥には象二頭、同じく1階正面右側の階段にはグロテスクと呼ばれる獅子(?)の口から手すりが出ています。同じデザインが一橋大学にもあるそうです。
ブログを作っていて気が付きましたが、中庭の2階には鳳凰もいるようです。見逃した・・・
あと本堂内壁の木目調の塗装も・・・
築地本願寺 夜
 (建築データ)
 竣工 :1934年(昭和9年)
 所在地:東京都中央区築地3-15-1
 設計 :伊東忠太
 施工 :松井組 
 構造 :鉄筋コンクリート造 
 備考 :平成26年 重要文化財

(参考文献) 


(今日のおまけ)
大谷光瑞と言えば!!自分の中では断然『帝都物語』の中に出てくる大谷光瑞ですわ。と言いつつよく覚えてなくて、男色趣味のある怪僧・・・みたいな印象だけ残ってしまいました。すみません、宗主。


(関連記事)
●甦った西本願寺「伝道院」と伊東忠太展
●龍谷ミュージアム 特別展「二楽荘と大谷探検隊」
●築地 近代建築巡り その1(築地場外の看板建築)
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