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今年は三越劇場・誕生90周年ということで、本館1階中央ホールでは4月26日~5月2日の間、資料展示やトークショーなどが開催されています。そのイベントの一つ、劇場見学ツアーに参加してきました。

三越劇場 全体初代の緞帳のデザインは杉浦非水が手掛けた。年間何千回も上げ下げをする緞帳は消耗激しく、現在のものは十数年前にとりつけられた「麗」という題のもの。

三越劇場

三越劇場 舞台から

大正3年に建てられた日本橋三越本店は、当時最新設備のエスカレーター(日本初)やエレベーター、スプリンクラーを備えた東洋一の百貨店と称されました。それが10年もたたないうちに関東大震災で燃えてしまいますが、躯体は残り、耐震補強され甦ったのが昭和2年。
延べ20万人余りを費やす大工事の末、今度は日本初の自動扉エレベーターなども備えた三越ですが、その際に当時の経営者の「建築だけでなく、文化的な復興も必要」との想いからつくられたのが、世界初、百貨店の中にある劇場・三越ホール(現在の三越劇場)でした。

上記だけでもいろいろと「初」の多い三越ですが、ファッションショーを日本で初めてしたのが、ここ三越ホールでした。とは言っても現在のようなウォーキングをする洋風のショーではなく、初回(昭和2年9月)は女優の初代・水谷八重子などが日本舞踊を舞うものだったそうです。

三越劇場 謎の顔
プロセニアムアーチ(額縁)の舞台・上中央には三越のロゴの両脇に口を開ける謎の顔が!!

三越劇場 獅子
麒麟に間違えられることもある獅子が舞台両脇に鎮座。

三越劇場 二階
当日は撮影可。奥に見える劇場扉には覗き窓がある。
日本橋三越は初代の帝劇や現存する日本工業倶楽部などを手掛けた横河工務所(現、横河建築設計事務所)が担当。劇場の設計資料がほとんど残っておらず、様式は不明ですが、百貨店の中にあるホールとして印象的なものとするため、ロココ調の雰囲気であるとのこと。
具体的な記録は残っていないものの、携わった子孫が遺した記録によると、あんまり派手でも下品になってしまうので、基調色をグレーとしたそう。大理石も灰色です。

三越劇場 舞台柱三越劇場 イルカ
三越劇場 顔
周壁には石膏彫刻。柔らかい素材で欠けやすいため、注意深く見るとちょこちょこ欠けた部分もみうけられる。
出所不明のモチーフが多いものの、震災で燃えたせいかイルカや貝など水を連想させるものも。

戦時中、三越店内の大方は統制機関に貸し出され、三越ホールは映画配給会社の試写室となりましたが、東京大空襲を免れたのは幸いでした。終戦翌年の昭和21年に「三越劇場」に改名し、早々に再出発を果たします。歌舞伎座も明治座も消失してしまった戦後において、再び「文化的な復興」を担う存在として、劇場を失った歌舞伎界のため、30本もの歌舞伎公演を上演しました。今でも続く「三越歌舞伎」です。

三越劇場 照明
電球の交換は大変だそうです。照明器具が見た目よりずっと重たく、交換は2~3名がかりだそう。

三越劇場 エアコン三越劇場 吸気口
開場当時から、画像左、上部の丸と半円の装飾口から冷暖房で空気を送り、画像右の床にある通気口から吸気。昔は下駄や雪駄でホコリが舞い上がっていた模様。両方とも今も現役。 

三越劇場 ステンドグラス
少し前まで一度壊れてしまえば修復不可能と言われていたけれど、可能、らしい。
天井のステンドグラスは今は防災上の関係でアクリル板を張ってあります。三越劇場のロゴはこのステンドグラス。2階客席からがよく見ることができ、その凹凸が感じられます。
作ったのは、別府七郎。ドイツで技術を学び日本初のステンドグラス工房を開いた宇野澤辰雄の最初の弟子で他に江の島・岩本楼ローマ風呂、川越・旧山崎家別邸、靖国神社・遊就館など手掛けました。
こちらの電球の交換もすごく大変で、交換する空間が狭くほふく前進でやっと通れるくらい。しかも一方通行なので、すぐ隣の電球も換えられないんだとか。

三越劇場 ステント1三越劇場 ステント2
天井の模様は78種類の色調を組み合わせたステンシルで、2階客席へ行くとステンドグラス同様、間近に見ることができます。音響をよくするため、薄い合板だそう。
近くで見ると・・・図柄がはみ出ているとかでもないのにどこか精巧さがない、奇妙な印象を受けました。
それで改めてステンシルについて調べたところ、ブリタニカ国際大百科事典によると、「型染のこと。型紙の模様を切抜いた部分に染料や絵具を摺り込む染色や版画の技法。きわめて初歩的な技法であるが,デザイン,版画およびフランスなどの美術印刷ではいまでも一部でこの方法が用いられている」とのこと。なるほど。それで何となくありもしないズレを感じたのかも。

三越劇場 スプリンクラー1三越劇場 スプリンクラー3三越劇場 スプリンクラー2
よく見ると、いろんな形のスプリンクラー
冒頭で大正3年当時最新設備のスプリンクラーと記述しましたが、実際は外国仕様のせいか、うまく機能せず、途中で破裂してしまったそうです。このため、復興の際はきちんと機能するよう徹底的に調べてから設置したそう。今でもちゃんと作動するそうですが、実際作動してしまったら、文化財としての価値は損なわれてしまうので、とにかくそのような事態にならないよう細心の注意を払っているそうです。

それで思い出したのが、八幡製鉄所のお話。増田彰久さんの『西洋館を楽しむ』という本の中で、八幡製鉄所はドイツ人が本国と同じスペックで作ったものの、まともな鉄が作れず大変だったという話が載っていました。日本の石炭はドイツのものより質が悪いし火力も弱かったせいのようですが、原因を突き止めるのに2年もかかり、それ以後、単に外国のものを単に輸入するだけではダメだと痛感し調査と研究を怠らなかったそうです。

三越劇場 躯体
皇室の方が来られると、ロイヤルシートがないので、2階最前列の12番前後にご案内するそう。そして実際、ここが一番見やすいです。
ステージ奥には普段白い布で覆われている躯体が見えます。一時期、柱を切る話が出たものの、下まで繋がっているため、ここを切ってしまうと建物全体に影響が及ぶということで見送られました。

 (参考文献)
 東京遺産な建物たち 
 月刊日本橋2017年3月号

 (今日のおまけ)
 本館1階中央ホールで展示中の「三越劇場のあゆ
 み~90年そして未来へ~」によると、北村薫『街
 の灯』に三越劇場が登場しているそうです。
 昭和初期を舞台にしたミステリー。北村薫という
 と、円紫さんシリーズが面白かったので、こちら
 も機会を見つけて読みたいと思います。
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