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2017年7月、中国の厦門(アモイ)にあるコロンス島が世界遺産に登録されました。
厦門はアヘン戦争後に結ばれた南京条約(1842年)で開港した5港の一つでした。1902年にはコロンス島が共同租界地となり、日米英独仏などの領事館が置かれました。それに伴い教会、商社、学校、病院などが建てられ、今もその多くが残っています。
外国人が多く住む島でしたが、華僑も家や別荘を建て、いろいろな影響を受けた独自の建築文化を発達させたことが世界遺産リスト登録につながったようです。

厦門 フェリー 島へはフェリーで移動(往復で35元=約
 665円)。
 現地の人と観光客では乗り場が別になってお
 り、何百人も乗ることができる大きなフェ
 リーでしたが、すぐいっぱいになりました。
 乗船時間はものの20分ほどですが、乗るには
 パスポートの提示や身体検査があるなど、
 空港並みの厳重体制。



フェリー乗り場のコロンス島の紹介パネル↓
厦門 フェリー乗り場1
厦門 フェリー乗り場2

厦門
厦門には珍しい、あいにくの冬の雨で岸を離れる光景は幻想的というか退廃的というか。

島内は車禁止で、歩くか電動バスでの移動。
1~2時間もあれば島一周できるくらいの大きさなので、特に不便はないです。
至る所が近代建築なので、途中からあまり珍しくなくなってしまった。。。
これはちょうど小樽の街中を散策したときのような心境。
クリックすると画像が大きくなります↓
コロンス島01コロンス島1.5コロンス島02コロンス島03
コロンス島04コロンス島05コロンス島06コロンス島07
コロンス島08コロンス島09コロンス島10コロンス島11

日本の旧領事館は意外と地味なレンガ造りの建物でした。ただ、ほかの建物に比べ、敷地がだいぶ広いようです。
アモイ旧日本領事館1

アモイ旧日本領事館2

アモイ旧日本領事館3

アモイ旧日本領事館4

アモイ旧日本領事館5 説明の看板はあったのですが、何を思ったか、
 つい漢字で親近感のある中国語のほうだけ撮影
 してしまい、書いてあることが何となくしか
 分かりません・・・。字ずらで判明するのは、
 ・福島九成という人が主任領事であった(←調
  べたところ佐賀藩出身の人のようです)。 
 ・半地下がある。
 ・二階の西側には和室があった。
 ・19世紀末の領事館は外廊を作るのが流行
  していた。
ということくらいですか。。。。
あと、別情報によると、戦後は厦門大学の先生方の宿舎だったこともあったようです。
アモイ旧日本領事館6アモイ旧日本領事館7

同じように領事館のお隣、南西に位置する日本警察署及宿舎についてもよく分かりません。。。
アモイ旧日本警察署及宿舎1
アモイ旧日本警察署及宿舎2

アモイ旧日本警察署及宿舎3アモイ旧日本警察署及宿舎4
アモイ旧日本警察署及宿舎5アモイ旧日本警察署及宿舎6


(今日のおまけ) ●世界遺産 福健土楼・二宜楼
二宜楼1二宜楼2
同じく世界遺産に登録(2008年)されている福健土楼のうちの、二宜楼(にきろう)にも行ってきました。
土楼は客家(はっか)の一族が西晋末期(4世紀)に戦乱を逃れるため南下し造り出した建築様式で、一般によく知られている円楼のほか、方形楼、五鳳楼があります。
逃れてきて辺鄙な土地に住まなくてはならなかったため、強盗・自然災害・野生動物とさまざまなものから身を守る必要にあわせ、壁の厚さが2mもあるものなど、とても頑丈にできています。
土楼が有名になったのは実はアメリカの航空写真だったか衛星写真だったかがきっかけなのだとか。上から見る円形が立ち並ぶ姿に、「これは中国のミサイル基地かっ!」と警戒し、調べたところ土楼だったという訳で。。。

そうそう見られない形状であるため、久しぶりに「世界遺産見た~~」という気分になれる建物でした。

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