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上高地帝国ホテル 小径
今年85周年の上高地帝国ホテルでは6月10日(日)~7月13日(金)の間、宿泊者対象にホテルの歴史スライド上映会が実施されるということで、行ってきました。

上高地帝国ホテル 正面
上高地帝国ホテルは昭和8年(1933年)開業の夏期限定ホテルです。

ホテルが建設された背景としては、一つに、昭和2年(1927年)、東京日日新聞社と大阪毎日新聞社が共催で読者から「日本新八景」の募集をしたところ、渓谷部門で上高地が一位となり、その名が一躍、全国的にメジャーになったこと。
もう一つに、昭和5年(1930年)頃から日本政府が外交政策&外貨獲得のため、政府融資による外国人向けホテルが全国各地に建設されていたことがあるようです。以前泊まった十和田ホテルもそうでした。今ある夏期限定ホテルってだいたいこの政策上作られたものという気がします。

上高地帝国ホテル 背面
そして昭和7年(1932年)、帝国ホテル社長だった大倉喜七郎がたまたま長野に行った際、長野県知事・石垣倉治から要請を受けてホテルの建設が決まったようです。
1年の半分を雪と氷に閉ざされるという、おおよそ経営的に好ましくないところにホテルが建ったのは、社長がバロンと呼ばれ道楽にお金をつぎ込む、あの大倉喜七郎だったからという面が感じ取れます。
道楽バロンと山岳リゾート。お似合いですわ。バロンは他にも同様の赤倉観光ホテルやゴルフリゾートの川奈ホテルも作っていますね。
そしてこれらの設計はすべて高橋貞太郎によるもの。大倉喜七郎というか帝国ホテル支配人・犬丸徹三との繋がりで作っていたのでしょうか。ほかに帝国ホテル第一新館も作っています。

その犬丸徹三は上高地へのホテル建設が決まると、すぐに視察へ来たそうで、中の湯から建設予定地まで県道を作ることを条件に要請を受け入れました。・・・というかまだ道もない、しかも冬は営業できないところによくぞ作ったなという感じです。
曰く「帝国ホテルとしては一応採算面を度外視しても、この建設と経営を敢行せざるを得ない事態に立ち至った(著書:ホテルと共に70年」)。

上高地帝国ホテル 工事
昭和8年5月17日に作業所が開設されました。
当初6か月半の工期とされていたいましたが、予定よりも融資が遅れて4か月で仕上げねばならない羽目に。
ほかの建物なら工期を延ばすことも出来たのでしょうが、夏季限定ホテルの建設を延ばしたら営業は翌年になってしまいますからなんとか突貫工事で乗り切りました。そのせいか、温泉の掘削をしてみたものの、時間がなくて温泉ホテルにはならなかったようです。残念。

なにもない所に大量の建築機材を運び込むのは大変で、工期も迫っていますから地元の業者だけでなく東京からもトラックを20台ほど派遣しなんとか間に合わせたようです。
木材1100トン その費用だけでも1万1200円(現代の価値で約1億円以上)。
7月21日に1階部分ほぼ出来上がり、5日後には2階部分、その4日後には3階部分、1か月後には外観まで出来上がったそうです。
9月30日完成。従業員22名にて10月6日開業(現在は106名で営業)。

上高地帝国ホテル グリンデルワルト正面
ロビーラウンジ・グリンデルワルト。のちの改修で外観は初代とほぼそっくりに立て替えられましたですが内部は全然違うようです。

上高地帝国ホテル グリンデルワルト上から
上高地帝国ホテル グリンデルワルト灰 暖炉の灰は石庭の波模様のよう。

上高地帝国ホテル ベランダ上高地帝国ホテル テラス
かつてのベランダ(共同のベランダで現在のように各部屋で独立していなかった)と現在のテラス(ラウンジの2階から出ることができる)。

上高地帝国ホテル 帳場上高地帝国ホテル フロント
かつての帳場と現在のフロント。

上高地帝国ホテル 図書室
宿泊者のみ入れる図書室。昔の写真やパンフレットなども飾られている。

上高地帝国ホテル エレベーター上高地帝国ホテル グリンデルワルト
エレベーターの内装はロビーラウンジ上部を模している。かつてはエレベーターホール付近がフロントだったそう。

上高地帝国ホテル タイプA1
泊まったのはツインAタイプ。本当はベランダ付きに泊まりたかったのですが、泊まろうと思い立ったのが10日前でもう予約は埋まっていました・・・。じゃ、どうせなら他のホテルではない、屋根の傾斜の天井の、とAタイプにしましたが、う~ん、やっぱりちょっと狭かったです。
ちなみに、創業当初の部屋数は全部で46室。うちバスルームがついているのは8室のみで14円(現在の価値で約14万円)。屋根裏にはスチューデントルーム(相部屋・2万円)があり、として主に登山する学生が利用していたそうです。

上高地帝国ホテル タイプA2
そうそう部屋にはなんと双眼鏡が備えてありました。さすが山岳リゾートホテル。
それと、夕食に出ている間にターンオーバーがありました。コンラッドに泊まった時、「ターンオーバーは何時になさいますか」と聞かれて、それまで超高いホテルに泊まったことがなかった私は『なんじゃそりゃ』、と恥をかいたものですが、まあ要するに「お休みの準備」ってやつですね。日本の旅館ではフツーにお客が夕食とっている間に布団を敷いてくれますが、ホテルだともうベッドはそこにあるのでターンオーバーとか言っても、ベッドカバー外すくらい?? あと、ベッドの脇にコイン型のチョコレートが置かれていました。

上高地帝国ホテル プレートそれから今年85周年だからか、売店で売っているのとは違う、やや小ぶりの記念プレートも置いてありました(後ろに写っているのはショップで買った85周年記念チョコ)。ショップになかったので宿泊者向けの非売品でしょうか。

上高地帝国ホテル(その2 食事編)へと続く。。。



(参考文献)


上高地 河童橋●今日のおまけ

ホテルから5分ほど歩いたところにある河童橋は芥川龍之介の『河童』の舞台としても有名です。

河童橋の名前の由来には、
(その1)河童が住んでいたから
(その2)橋ができるまでは、女性が頭の上にタオルをのせて渡った姿が河童に似ていたから
などの説があるようです。



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